さよならの代わりに授かった宝物

事件が完全に終結してから、一年。

勇気が命を懸けて暴いた汚職の闇は、佐倉の指揮のもと完全に一掃された。
高畑勇気という警視は「殉職」扱いのまま歴史から姿を消し、
彼は今、戸籍を新たにした一人の民間人として――
萌香がかつて夢見ていた小さなベーカリーを、家族で営んでいる。

五月。
柔らかな風が、教会の白いカーテンを静かに揺らしていた。

今日は、二人が遠回りの果てにようやく辿り着いた、
本当の結婚式の日。

「……勇気さん、ネクタイ、少し曲がってる」

純白のウェディングドレスに身を包んだ萌香が、くすりと笑いながら手を伸ばす。
勇気は鏡越しに、目に入れても痛くないほど美しい妻を見つめ、
その細い腰をそっと――けれど逃がさないように引き寄せた。

「萌香。……今さらだが」

低い声で、少し照れたように。

「本当に、後悔していないか?
俺みたいな、元・冷徹警視の妻になったことを」

「もう、またそれ?」

萌香は呆れたふりをして、すぐに微笑む。

「私、これでも元・社長令嬢よ?
人を見る目には、かなり自信があるの」

その言葉に、勇気は降参したように目尻を下げた。
かつての氷のような鋭さはもうない。
今そこにいるのは、ただ愛する人を守り抜くと決めた、一人の男だった。

「……参った。
一生、敵わないな」

「それでいいの」

萌香は、勇気の胸に額を預ける。

「夫婦なんだから」

「パパ! ママ!」

小さな声が響く。

「おはな、もってきたよ!」

小さなタキシードに身を包んだ蓮が、誇らしげにブーケを抱えて駆け寄ってくる。
勇気は迷わず息子を抱き上げ、その額に口づけた。

「ありがとう、蓮」

そして、真剣な顔で言う。

「……お前は今日から、パパの一番の相棒だ」

「あいぼう!?
やった! かっこいい!」

三人の笑顔が重なり合う。
それは誰の目にも、疑いようのない――幸せな家族の姿だった。

やがて、パイプオルガンの荘厳な音色が流れ、教会の扉が開く。

バージンロードを歩む萌香の手を、
勇気は力強く、けれど壊れ物を扱うように優しく包み込んだ。

祭壇の前で、勇気はゆっくりとベールを上げる。

そこにいたのは、
嘘のプロポーズに泣いた大学生ではない。
すべてを知り、すべてを受け入れ、愛することを選んだ――一人の女性だった。

「誓うよ、萌香」

勇気の声が、静かな堂内に深く響く。

「俺の残りの人生、そのすべてを
君と蓮に捧げることを」

彼はそっと萌香の耳元に顔を寄せる。
かつて図書館で囁いた、冷たい熱ではない。
今は、確かな温度を持った、真実の声。

「……この契約は、永遠に延長だ。
二度と逃げ出すなんて、許さない」

少しだけ笑って、囁く。

「……いいな?」

萌香はくすりと笑い、勇気の首に腕を回した。

「ええ」

囁くように、けれどはっきりと。

「私も、あなたを一生逃がしてあげないから」

重なり合う唇。

それは、
数えきれない嘘と、絶望的な逃避行の果てに掴み取った、
**世界で一番甘い「契約」**の証だった。

教会の外では、満開の桜が舞い踊っている。

かつて偽りの春に始まった物語は、
今――
本物の幸福という名の永遠へと、静かに幕を閉じた。