えーと、メガネ、メガネっと。
赤フレーム……
あれ! わたしのじゃない。
顔を洗って、洗面所のカウンターで手探りして掴んだメガネは、双子の妹、メルの眼鏡だ。
さっき、『行ってきまーす!』って声が聞こえたから、もう学校行っちゃった?
わたしたち姉妹は、顔・姿カタチが瓜二つ。
唯一、識別してもらう手段をメガネフレームの色に頼っていた。
私服のときは服の趣味が違うのでわかりやすいが、制服姿だと親でも間違う。
メルのフレームはレッド。わたし、ミルのフレームはブルー。
ド近眼だからメガネをしないわけにはいかない。
仕方がない。学校で交換しよう。
こういうときに限って、隣のクラスのメルとはすれ違いっぱなし。
登校中も、授業中の先生からも、お昼の弁当仲間からもメルと間違われた。
「やあ、メル。もう帰っちゃうの?」
自転車置き場でチェーンをはずしていると、男の子から声をかけられた。
メルの彼氏、タクミだ。ヤバイ。
先制攻撃。
「あの、わたし、アネの方、アネの方だから……」
「え、これからお姉さんと待ち合わせ? その前にさあ、いつものオマジナイ。」
そう言うとタクミはわたしの手をとり、グイグイと引っ張っていく。
体育館の裏。生徒は誰もいない。
壁ドンして、いきなりわたしのアゴを指で上げるタクミ。
「ちょっ! 何するの!?」
「あれ、今日は随分恥ずかしがり屋さんだなあ……でも、これはこれで新鮮だね。」
わたしは抵抗できなかった。
メルはいつもこんなことしてんのか!
家に帰り、メルに目いっぱい説教する。
「あ、ミル、ワリィワリィ、朝慌てて間違っちゃった。」
彼女は悪びれる様子もない。
そしてメガネのレンズ越しに、悪戯っぽくわたしの眼を見つめる。
「姉ちゃん、ガッコでなんかあった?」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべた。
翌朝。
えーと、メガネ、メガネっと。
青フレーム。
よーし、今日はちゃんとわたしのだ。
いつものように登校し、
いつものように授業を受け、
いつものようにクラスメイトと弁当を食べ、
無事に下校。
「やあ、ミル。もう帰っちゃうの?」
自転車置き場でチェーンをはずしていると、男の子から声をかけられた。
わたしの彼氏、イクミだ。
「うん、今日はこれから予備校。」
「それは残念……、でも帰る前にいい?」
そう言うとイクミはわたしの手をとり、グイグイと引っ張っていく。
防災倉庫の裏。生徒は誰もいない。
壁ドンして、いきなりわたしのアゴを指で上げるイクミ。
「ちょっ! 何するの!?」
「あれ、昨日はミルから誘ってくれたのに……今日もいいよね?」
彼氏との初キス。わたしは抵抗できなかった。
メルの奴! わたしの彼を調教しやがったな!
翌朝。
わたしは早起きし、朝食を食べ、朝支度する。
顔を洗うと洗面所のカウンターに並んでいる二つのメガネから、レッドのフレームを選んだ。
おしまい。



