「ええっと……いいんですか? 仕事先でこんな……」

「ごめん。店の人には友達って言っちゃった。ちなみにバイトも終わったから。エプロンしてないでしょ」

「それなら……あの、良かったです」

「初対面の僕のこと気にしてくれるなんて、優しいんだね」

「いえ、優しくなんかないです」 

肩をすくめた私を見ながら彼は、柔和な笑顔を浮かべている。

「さっきは失礼だったよね。改めて自己紹介させて。僕は古谷英太(ふるやえいた)。通り挟んだ向かいの大学の四回」

「え……、大学同じです」

「そうなんだ、奇遇だね。良かったら名前おしえてよ」

ピーチスムージーをストローから吸い込みながら上目遣いで英太が私に訊ねる。素直に名乗るべきか迷うところだが、向こうも名乗ったのだからと変に律儀な考えが脳裏に浮かぶ。

荒木花音(あらきかのん)です。大学三回です」

「花音か、いい名前」

端正な顔立ちの男性からさらりと下の名前で呼ばれて、勝手に鼓動が跳ねた。

「飲んでみる?」

じっと見過ぎただろうか。その言葉にすぐに首を振る。


「美味しいよ」

彼はストローの先をさっとナプキンで拭いてから私に差し出す。断るのも気が引けて私はストローに口をつけた。


「……美味しい」

「でしょ、おススメだよ」

子供みたいに口を開けて笑った英太は、無邪気で人懐っこい。

(なんだろう……この感じ……)

彼の笑顔を見ながら私は胸に手を当てた。

何故だかわからないが、まだ会ったばかりの彼に対して心をゆるそうとしている自分がいた。

彼の笑顔はどこか私と似ているような気がして、隠していた心の奥の膜を勝手に剥ぎ取られるような何とも言えない感覚がした。