「野々山さん……?」
 綾香が見せてもらった記事には、野々山が逮捕されたこと、冤罪である社員が退職に追い込まれてしまったこと、その退職した社員が新しく考えた企画書をもとに、たったひとりのエンジニアがゲームを作ったことが書かれていた。
 
「こんなのひとりで作るなんて天才だよな~」
 常連のお兄さんは感心しているが、綾香の心臓はドクンと大きな鼓動を打った。

 退職に追い込まれた社員。
 それは間違いなく自分だ。
 そして、その企画書をもとにたったひとりでゲームを完成させたエンジニアは……。

「A&Y……」
 声に出した瞬間、綾香は目に涙を溜めた。

『私の結論です』というたった一言に、悠斗はゲームを開発することで『信じる』という最大の愛のメッセージで応えてくれていたのだ。
 それなのに私は連絡をもらえないことに絶望して、電話もメッセージもすべて捨ててしまった。

「あやちゃん、どうした? 目にゴミでも入ったのか?」
「すみません、ちょっとロッカーに行ってきます!」
 サブローおじさんに謝罪した綾香は、店のロッカーから番号も変えた新しいスマートフォンを取り出す。
 
 悠斗の料理のSNSを半年ぶりにのぞいた綾香は目を見開いた。

『あの時間にあの場所で。もう一度』
 湯気の立つカニ汁と、バジルが乗った鮮やかなマグロのカルパッチョ。
 出会いを象徴するそのメニューを皮切りに、悠斗の投稿は毎週二人の思い出の軌跡をなぞっていた。
 二人の間に流れたすべての時間を、料理という形で再現する切ない「回想録」。

 そして、このまま行けば今週の投稿は最後のメニュー、イカとブロッコリーのパスタだ。

『明日が最後の料理』
 普段は金曜にしか写真がUPされていないのに、木曜日に書かれた異例のメッセージ。
 その言葉は、これで終わるという別れの予感を含んでいた。

「まだ、間に合う……?」
 夜8時まであと20分。

「サブローおじさん! 私……!」
 綾香はスマートフォンを握りしめたまま店内に駆け込んだ。