世間はまもなくクリスマス。
 彼と別れてもうすぐ一年ということだ。

「俺といる時間も、全部『コスト』計算するんだろ?」
 そんなつもりはなかったが、彼にはそう言われてフラれてしまった。

 私には仕事と恋愛の両立は無理なのだ。
 孤独は効率的。
 誰にも邪魔されず、誰にも心を割く必要がなく、余計な時間を取られない。
 
 そう結論付けたはずなのに。
 
 アスファルトに突き刺さる、カツン、カツンという音が寂しい。
 白い息は熱いのに、身体は芯から冷えていく。
 真冬にハイヒールなんて寒いに決まっているけれど、このハイヒールを履いている限り「仕事のできる女」という虚像を保てるような気がしている。
 このブランドの腕時計も、完璧に着こなしたスーツも「人間らしい弱さ」から守る、無機質な防護服だ。

 綾香は信号待ちをしながら、いつものコンビニに立ち寄ろうと目で目的地をロックオンする。
 いつものサラダチキン、いつもの栄養ドリンク。
 ドラッグストアに寄って、明日からのプロテインバーと、もうすぐなくなりそうなサプリも。
 
 それが最も合理的で無駄のないプランなのに。

「たまには……温かいものが食べたい」
 いつもは夜遅いが、今日はまだ夜7時50分。
 もうすぐスーパーのお総菜コーナーが半額になる。
 
 馬鹿げた行動だというのはわかっている。
 路地裏へ行くのは遠回りで、コンビニに比べれば売り場も広くて非効率。
 それなのに、綾香のハイヒールは効率を無視した方向へ。
 
 路地裏に佇む、古びたスーパーマーケットから漏れる光は、コンビニの鋭利なネオンとは違い、黄色みがかった暖炉のような曖昧な温かさだった。