東京駅の改札口前で、優花と宏樹は、ようやく手を離した。
もうそこには、かつての片思いの曖昧さも、同級生としての遠慮もない。
残っているのは、互いの未来をほんのり照らす、やわらかな光だけだった。
「遅くまでごめん。今日は本当にありがとう、相沢」
宏樹は、名残惜しそうに優花の瞳を見つめる。
「こちらこそ、ありがとうございました。
……次は、宏樹さんの“好きな場所”に、私も行ってみたいです」
優花の言葉に、宏樹の表情はゆるみ、穏やかな笑みが浮かんだ。
「もちろん。次の場所は、二人で探そう。
また連絡するよ」
短い会話でさえ、互いの心に確かなぬくもりを残していく。
二人は次の再会の約束を胸に、改札を逆方向に歩き出した。
電車に乗り込んだ優花は、窓ガラスに映る自分の手のひらを見つめた。
そこには、ついさっきまで宏樹の温度があった。
握りしめたキーホルダーは、静かに未来への光を宿している。
(……ブーケは、私のもとに来たんだ)
胸の奥がじんと熱くなる。
自宅に戻るなり、優花は迷わず美咲に電話をかけた。
「美咲、こんな時間にごめんね」
「えっ、優花!? どうだったの、デート!?」
声は眠そうなのに、次の瞬間には喜びで弾んでいた。
優花は、今夜の出来事すべてを語った。
二度目の夜景撮影。
ヘッドフォンを渡したこと。
雨に濡れた路面の光を、二人で“美しい”と感じたこと。
そして──宏樹が
「相沢は、俺の心の安らぎだ」
と伝えてくれたこと。
最後に、優花は静かに告げた。
「美咲……私ね、宏樹に言ったの。
このキーホルダーは、私にとっての“ブーケ”だって。
そしたら、彼……ちゃんと受け止めてくれたの」
電話口で、美咲が叫び声をあげる。
「優花!! やったじゃない!!
私のブーケ、ほんとに優花のところに行ったんだよ!
最初から、そうなるようにできてたんだってば!」
その言葉に、優花の瞳からぽろりと涙がこぼれた。
優花はブーケトスには参加しなかった。
だからこそ、美咲の“幸せの瞬間”を通して届いた再会が、
優花にとっての本当のブーケだったのだ。
「美咲……ありがとう。本当に、ありがとう」
電話を切った後、優花は静かな部屋に向き直った。
デスクに置かれたキーホルダーは、部屋の光を受けて小さく輝く。
五年間、遠くから眺めるだけだった存在。
眩しすぎて、触れることさえためらっていた背中。
でも、今は違う。
宏樹は優花に弱さを見せ、
優花の声に癒やされ、
優花の存在を「心の安らぎ」と呼んでくれた。
優花は、彼の強さも、弱さも、静かに全部受け止めて、
彼の隣で歩き始めた。
窓の外の夜景を見つめる。
それはもう、優花ひとりの孤独な光ではない。
宏樹と共有する“二人の視点”で描かれた、未来の光の軌跡だ。
ブーケは、遠くへ飛んでいったのではない。
一番近くで、愛を育む準備ができていた優花の心へ、
そっと舞い降りてきたのだ。
優花は、キーホルダーを胸に当て、静かに微笑んだ。
──これは、私に渡された未来のブーケ。
そして、二人の物語は、ここから始まる。

