雨の路面が織り成す光の絨毯を堪能したあと、
二人は東京駅へ向かって歩き出した。

一つの傘を分け合いながら歩く距離は近く、
肩先が触れそうになるたびに、優花の胸は高鳴った。

ヘッドフォンを受け取ってくれたこと。
雨の景色を“君と見たかった”と言ってくれたこと。
そして、今日ずっと変わらぬ宏樹の優しさ。

──優花にはもう、はっきりわかっていた。

彼の中で「優花」は、ただの同窓生ではない。

しかし、どうしても確かめたいことがあった。
五年間胸にしまい続けた疑問を、今日こそ清算したかった。

改札が見えてくる。
人の流れが途切れ、二人だけの静かな空間になった瞬間──

優花は、そっと足を止めた。

「宏樹……一つだけ、聞いてもいいですか?」

宏樹は傘を少し傾け、優花に視線を向ける。

「うん。どうした?」

優花は小さく息を吸い込み、勇気を絞り出した。

「結婚式で再会したあと、同窓会みたいに色んな人と話してましたよね。
なのに……どうして私にだけ、仕事の悩みや“心の平穏”の話をしてくれたんですか?
どうして、また会いたいって……思ってくれたんですか?」

それは、
「なぜ私を選んだの?」
という問いそのものだった。

言葉にした瞬間、優花の胸は痛いほど早く跳ねていた。

宏樹は、その真剣な問いの重みを理解したように、静かに立ち止まった。

傘の下で、二人は雨から切り離された小さな世界に閉じ込められる。

しばし沈黙が落ち、
雨音だけがアスファルトの上でさざめいていた。

やがて──
宏樹はゆっくりと優花の顔を見る。

「……相沢。正直に話すよ」

低く柔らかな声が、胸の奥に染み込んでくる。

「二次会で君と話したとき……君だけが、今の俺をちゃんと見てくれたんだ」

優花の心臓が強く打った。

「健太たちは、昔の俺のイメージのまま笑って、軽く流すだろ?
アドバイスしてくれても、どこか的外れで……まぁ、それがあいつららしいんだけどさ」

宏樹は少しだけ苦笑する。

そして、次の言葉が──
優花の五年間の想いを救う、決定的なものだった。

「でも君は、俺が疲れてることを、一目見ただけで気づいてくれた。
無理に励ますんじゃなく、ただ、受け止めてくれた」

雨粒が傘を叩く音だけが、静かに響く。

宏樹は、優花の肩に触れるか触れないかの距離で言葉を続けた。

「今の俺が求めてるのは、派手な刺激じゃない。
隣で静かに、真剣に耳を傾けてくれる……そういう落ち着いた優しさなんだ」

優花の喉が、きゅっと震えた。

「相沢は、高校の頃から何も変わってないよ。
まっすぐで、嘘がなくて、揺るぎない優しさを持ってる。
だから俺は、君といると……初めて本気でストレスを忘れられる」

そして宏樹は、そっと優花の手を取った。

その手は少し冷たかったが、とても力強かった。

「夜景を撮りに行くのは、趣味じゃない。
俺が自分を取り戻すための、大切な“時間”なんだよ。
その時間を一緒に過ごしたいと思ったのは……相沢、君だけだ」

──息ができない。

優花は、雨音も光もすべてが遠ざかり、
二人の世界だけが鮮明になるのを感じた。

五年間の片思い。
数えきれない胸の痛み。
叶わないと思い続けてきた日々。

すべてが、この一瞬に報われた。

優花の手の中には、
宏樹の“選んだ理由”と
これから始まる未来の温度が、確かに宿っていた。