二次会が終わり、友人たちと別れた優花は、終電前の電車に乗り込んだ。
車内はまばらで、窓の外を流れる街の灯りは、どこかぼんやりと滲んで見えた。

体は疲れているはずなのに、心は軽やかだった。

——宏樹と交わした一つひとつの言葉。
——彼が見せてくれた、誰にも語っていなかった弱さ。
——そして「また連絡する」という、曖昧ではない約束。

五年間、心の奥にしまっていた想いへ、初めて“現実の答え”が返ってきたような夜だった。



家にたどり着き、優花はコートも脱がずにソファへ倒れ込んだ。
すぐにバッグを探り、スマートフォンを取り出す。

(……来てるかな。)

タクシーに消えていった彼の後ろ姿が、頭から離れない。
「連絡する」というのは、優しい人なら誰でも言う言葉だ。
その言葉に期待してはいけない——そう何度も言い聞かせながら、画面を立ち上げた。

次の瞬間。

ロック画面に、小さな通知バナーが浮かんでいた。

沢村 宏樹
今日は本当にありがとう。すごく楽しかったよ。
また明日改めて連絡するね。おやすみ。

優花の呼吸が、ふっとほどけた。

——到着してすぐに送ってくれたメッセージ。
——「また連絡する」を、具体的な“明日”という言葉で結び直してくれたこと。
——そして何より、あの人が優花との時間を「楽しかった」と書いてくれたこと。

それらが、胸の奥で小さく、でも確かな音を立てて広がっていく。

(よかった……本当に、連絡してくれた。)

嬉しさを抑えるため、優花はスマホを胸元に押し当てて深呼吸した。
五年前の片思いが今日ようやく報われた——そんな実感が、ゆっくりと滲んでくる。

落ち着いてから、短い返信を打った。

お疲れ様でした。私も楽しかったです。
ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい

長文で気持ちを押しつけたくない。
明日の“改めての連絡”まで、静かに待つと決めた。

送信を終えると、優花はスマホを胸に抱きしめて、ソファに体を預けた。
今日の幸福を手放したくなくて、しばらくぼんやりと余韻に浸る。

——その時。
静まり返った部屋に、再びスマホの光が灯った。

沢村 宏樹
🙂

絵文字ひとつだけ。
でも、その笑顔は、言葉以上に彼の“素の気持ち”を伝えていた。

気取らず、余計な飾りもなく、ただ優しく寄り添うような一文字。

優花は思わず、そっと目を閉じた。

(……楽しみだな、明日が。)

ソファに横たわったまま、満たされた微笑みを浮かべて、ゆっくりと眠りに落ちていった。

——明日の朝、
彼から届く“最初の一歩”となるメッセージを、胸いっぱいに期待しながら。