宏樹に勧められるまま、優花は彼のすぐ隣の席に腰を下ろした。
長椅子の柔らかいクッションが沈み、二人の距離はわずか数十センチ。
体温までは触れないはずなのに、この近さは、確実に優花の胸を高鳴らせていた。
バーの空気は披露宴とはまったく違う。
低い天井、間接照明、テーブルに反射する琥珀色の光。
アップテンポのリズムと、ゲストたちの笑い声が入り混じり、「大人の夜」がゆっくりと流れている。
(こういう場所だと……自然と力が抜けていく。)
優花がそう感じていると、恵理がグラスを片手に声を上げた。
「優花、何飲む? 私はとりあえずビール!」
「私は……甘いカクテルにしようかな。少しだけ」
お酒は強くない。でも、ほんの少しの酔いが、宏樹と肩を並べて話す勇気をくれる気がした。
その言葉を聞いた宏樹が、優花の横顔を覗き込む。
「甘いのって、相沢らしいな。昔からお酒は控えめだったよね」
昔を知っている声。その自然さが、かえって胸にくる。
「宏樹はビールじゃないんですね?」
「今日はウィスキーのソーダ割りにするつもり。こういう雰囲気だと、飲みたくなるんだよ」
言いながら、宏樹はカウンターへ飲み物を取りに向かった。
披露宴では見られなかった、少しラフで力の抜けた背中——その仕草すら、今の優花には眩しかった。
(…美咲、席替えしてくれてありがとう。)
隣同士になれるだけで、二次会の意味がまったく変わる。
ここなら、彼と自然に会話を重ねていける。
宏樹がカウンターへ向かっている間、友人たちとの軽い雑談が始まった。
優花は、落ち着いた声で、仕事のこと、最近の趣味のことを話した。
披露宴の途中で決めた「大人として振る舞う」という方針を、ここで実践しようとしていた。
恵理が、ニヤリと笑って小声で囁く。
「ねえ優花、今日なんか違う。積極的じゃない?」
「え、そうかな。美咲の結婚式だから、テンション上がってるだけだよ」
そう答えながらも——本当は、宏樹が隣にいてくれるだけで、心が前へ進んでいくのを感じていた。
ほどなくして、宏樹が戻ってきた。
片手にはウィスキー、もう片方には優花の甘いカクテル。
「お待たせ。美咲と健太、もうすぐ来るって。…それまで、相沢、少し話そうか」
彼がそう言って差し出したグラスを受け取ると、指先がほんの一瞬だけ触れた。
気のせいかもしれない。けれど、その一瞬の温度が、胸の奥まで届いた。
(待ち合わせみたいだ……)
二人きりで話すことを、宏樹も望んでいる——そう解釈してしまいそうになる。
優花はカクテルを一口飲み、ほのかな甘さと微かなアルコールの刺激で、気持ちを整えた。
そして、静かに彼の方へ向き直る。
「宏樹がウィスキー飲むの、なんだか新鮮です。
学生の頃は、サワーとかの方が好きでしたよね?」
声は自然で、落ち着いている。
だが内心では、この小さな問いかけが、二人の距離をさらに縮める鍵になると分かっていた。
宏樹は、驚いたように目を瞬かせてから、優しく笑った。
「よく覚えてるな。…相沢って、昔からそうだったよね。人のこと、ちゃんと見てる」
その言葉は、会場のざわめきの中でもはっきりと届いた。
そして——ここから、二人の“本音の会話”が、ゆっくりと始まっていくのだった。
長椅子の柔らかいクッションが沈み、二人の距離はわずか数十センチ。
体温までは触れないはずなのに、この近さは、確実に優花の胸を高鳴らせていた。
バーの空気は披露宴とはまったく違う。
低い天井、間接照明、テーブルに反射する琥珀色の光。
アップテンポのリズムと、ゲストたちの笑い声が入り混じり、「大人の夜」がゆっくりと流れている。
(こういう場所だと……自然と力が抜けていく。)
優花がそう感じていると、恵理がグラスを片手に声を上げた。
「優花、何飲む? 私はとりあえずビール!」
「私は……甘いカクテルにしようかな。少しだけ」
お酒は強くない。でも、ほんの少しの酔いが、宏樹と肩を並べて話す勇気をくれる気がした。
その言葉を聞いた宏樹が、優花の横顔を覗き込む。
「甘いのって、相沢らしいな。昔からお酒は控えめだったよね」
昔を知っている声。その自然さが、かえって胸にくる。
「宏樹はビールじゃないんですね?」
「今日はウィスキーのソーダ割りにするつもり。こういう雰囲気だと、飲みたくなるんだよ」
言いながら、宏樹はカウンターへ飲み物を取りに向かった。
披露宴では見られなかった、少しラフで力の抜けた背中——その仕草すら、今の優花には眩しかった。
(…美咲、席替えしてくれてありがとう。)
隣同士になれるだけで、二次会の意味がまったく変わる。
ここなら、彼と自然に会話を重ねていける。
宏樹がカウンターへ向かっている間、友人たちとの軽い雑談が始まった。
優花は、落ち着いた声で、仕事のこと、最近の趣味のことを話した。
披露宴の途中で決めた「大人として振る舞う」という方針を、ここで実践しようとしていた。
恵理が、ニヤリと笑って小声で囁く。
「ねえ優花、今日なんか違う。積極的じゃない?」
「え、そうかな。美咲の結婚式だから、テンション上がってるだけだよ」
そう答えながらも——本当は、宏樹が隣にいてくれるだけで、心が前へ進んでいくのを感じていた。
ほどなくして、宏樹が戻ってきた。
片手にはウィスキー、もう片方には優花の甘いカクテル。
「お待たせ。美咲と健太、もうすぐ来るって。…それまで、相沢、少し話そうか」
彼がそう言って差し出したグラスを受け取ると、指先がほんの一瞬だけ触れた。
気のせいかもしれない。けれど、その一瞬の温度が、胸の奥まで届いた。
(待ち合わせみたいだ……)
二人きりで話すことを、宏樹も望んでいる——そう解釈してしまいそうになる。
優花はカクテルを一口飲み、ほのかな甘さと微かなアルコールの刺激で、気持ちを整えた。
そして、静かに彼の方へ向き直る。
「宏樹がウィスキー飲むの、なんだか新鮮です。
学生の頃は、サワーとかの方が好きでしたよね?」
声は自然で、落ち着いている。
だが内心では、この小さな問いかけが、二人の距離をさらに縮める鍵になると分かっていた。
宏樹は、驚いたように目を瞬かせてから、優しく笑った。
「よく覚えてるな。…相沢って、昔からそうだったよね。人のこと、ちゃんと見てる」
その言葉は、会場のざわめきの中でもはっきりと届いた。
そして——ここから、二人の“本音の会話”が、ゆっくりと始まっていくのだった。

