宏樹が席を離れたあと、優花はしばらくその場に立ち尽くしてしまった。
身体は戻れと言っているのに、心だけがその場に残されているような感覚だった。
向かい側のテーブルの友人たちが、面白そうにこちらを見ていることに気づき、慌てて席へ戻る。
恵理が、わざとらしくフォークを置き、ニヤッと笑った。
「優花、顔赤いよ? あんな真面目な宏樹と、何話してたの」
「な、何でもないってば! 本当に挨拶と仕事の話くらい!」
優花は早口で否定し、火照りを冷ますようにグラスの水を一気に飲んだ。
それでも胸の奥で荒れていた感情だけは、簡単には静まらなかった。
――たった数分の会話だったのに。
学生時代、宏樹はいつも太陽みたいに明るく、グループの中心で笑っていた。
少し騒がしくて、おどけていて、周囲を楽しませるムードメーカー。
優花が特別な想いを抱いたのは、そんな眩しさだった。
だが今、再会した宏樹は違った。
声は落ち着き、言葉の端々に思慮深さが宿り、笑顔にも静けさがあった。
社会で過ごした時間が、少年の柔らかさを残しつつ、彼に“大人の男性”としての輪郭を刻んでいた。
(……本当に、大人になったんだ)
優花が抱いていた“理想の宏樹”は、少し幼い記憶の中のヒーローだった。
だが、目の前の宏樹は、理想とは違う。
もっと現実的で、もっと複雑で、そして……ずっと魅力的だった。
「ゆっくり話したかった」
その言葉を、優花は何度も胸の中で反芻する。
あれは社交辞令?
それとも――彼も少しだけ、今日の再会に何かを感じてくれたのだろうか。
教会での一瞬の視線とは違い、先ほどの宏樹は、はっきりと“優花という一人の女性”を見ていた。
その眼差しを思い返すたび、胸の奥がじわりと熱を帯びる。
そんな思いに沈んでいると、恵理の声がふいに耳を打った。
「優花ってさ、宏樹と話してる時……なんか昔の優花みたいだったよね」
「えっ、どういう意味?」
優花は思わず身構える。
「うーん……ほら、宏樹が先生に怒られてた話する時、優花がめちゃくちゃ心配して聞いてたじゃん? あの感じ。真剣で、ちょっと緊張してる感じ」
恵理は悪気なく言ったのだろうが、優花の胸に鋭い棘のように刺さった。
――ああ。
無意識に、あの頃の自分のままだったのかもしれない。
笑い飛ばそうと口を開きかけたとき、淳子が恵理を軽くたしなめた。
「恵理、言いすぎ。優花、久々で緊張してただけだよ。さ、料理冷めちゃう」
優花は黙って頷いた。
どう取り繕っても、自分が動揺していたのは全員に伝わっていたらしい。
(宏樹は……どう思ったんだろう)
もし彼が、優花がまだ特別な感情を抱いていることに気づいたなら――
きっと距離を置かれてしまう。
優花はそれだけは避けたかった。
だからこそ、気持ちを立て直さなければならない。
優花は背筋を伸ばし、静かに決意した。
(二次会では、絶対に気を緩めない。
きちんと“友人として”対等に接する。)
「相変わらず」と宏樹は言ってくれた。
けれど優花はもう、昔のようにただ遠くから見つめるだけの女の子ではない。
今の優花なら、
――五分間、落ち着いて普通の会話をすることができる。
最初の挨拶は、ぎりぎりながらも乗り切った。
次のステップは、二次会。
優花はカトラリーを握りしめた手にそっと力をこめた。
今日この披露宴で縮まった距離を、
二次会で――もう一歩、進めてみせる。
身体は戻れと言っているのに、心だけがその場に残されているような感覚だった。
向かい側のテーブルの友人たちが、面白そうにこちらを見ていることに気づき、慌てて席へ戻る。
恵理が、わざとらしくフォークを置き、ニヤッと笑った。
「優花、顔赤いよ? あんな真面目な宏樹と、何話してたの」
「な、何でもないってば! 本当に挨拶と仕事の話くらい!」
優花は早口で否定し、火照りを冷ますようにグラスの水を一気に飲んだ。
それでも胸の奥で荒れていた感情だけは、簡単には静まらなかった。
――たった数分の会話だったのに。
学生時代、宏樹はいつも太陽みたいに明るく、グループの中心で笑っていた。
少し騒がしくて、おどけていて、周囲を楽しませるムードメーカー。
優花が特別な想いを抱いたのは、そんな眩しさだった。
だが今、再会した宏樹は違った。
声は落ち着き、言葉の端々に思慮深さが宿り、笑顔にも静けさがあった。
社会で過ごした時間が、少年の柔らかさを残しつつ、彼に“大人の男性”としての輪郭を刻んでいた。
(……本当に、大人になったんだ)
優花が抱いていた“理想の宏樹”は、少し幼い記憶の中のヒーローだった。
だが、目の前の宏樹は、理想とは違う。
もっと現実的で、もっと複雑で、そして……ずっと魅力的だった。
「ゆっくり話したかった」
その言葉を、優花は何度も胸の中で反芻する。
あれは社交辞令?
それとも――彼も少しだけ、今日の再会に何かを感じてくれたのだろうか。
教会での一瞬の視線とは違い、先ほどの宏樹は、はっきりと“優花という一人の女性”を見ていた。
その眼差しを思い返すたび、胸の奥がじわりと熱を帯びる。
そんな思いに沈んでいると、恵理の声がふいに耳を打った。
「優花ってさ、宏樹と話してる時……なんか昔の優花みたいだったよね」
「えっ、どういう意味?」
優花は思わず身構える。
「うーん……ほら、宏樹が先生に怒られてた話する時、優花がめちゃくちゃ心配して聞いてたじゃん? あの感じ。真剣で、ちょっと緊張してる感じ」
恵理は悪気なく言ったのだろうが、優花の胸に鋭い棘のように刺さった。
――ああ。
無意識に、あの頃の自分のままだったのかもしれない。
笑い飛ばそうと口を開きかけたとき、淳子が恵理を軽くたしなめた。
「恵理、言いすぎ。優花、久々で緊張してただけだよ。さ、料理冷めちゃう」
優花は黙って頷いた。
どう取り繕っても、自分が動揺していたのは全員に伝わっていたらしい。
(宏樹は……どう思ったんだろう)
もし彼が、優花がまだ特別な感情を抱いていることに気づいたなら――
きっと距離を置かれてしまう。
優花はそれだけは避けたかった。
だからこそ、気持ちを立て直さなければならない。
優花は背筋を伸ばし、静かに決意した。
(二次会では、絶対に気を緩めない。
きちんと“友人として”対等に接する。)
「相変わらず」と宏樹は言ってくれた。
けれど優花はもう、昔のようにただ遠くから見つめるだけの女の子ではない。
今の優花なら、
――五分間、落ち着いて普通の会話をすることができる。
最初の挨拶は、ぎりぎりながらも乗り切った。
次のステップは、二次会。
優花はカトラリーを握りしめた手にそっと力をこめた。
今日この披露宴で縮まった距離を、
二次会で――もう一歩、進めてみせる。

