王都へ向かう馬車の中。クラリッサは窓の外を見つめていた。
流れる景色は美しいはずなのに、心の中は霞がかったまま晴れない。
密告書に記されていたのは、第二王子レオニスが王太子を王位から引きずり下ろすために秘密裏に軍を動かしているという話。
だが、それを信じるには、あまりに唐突だった。
(レオニスが、そんな……)
彼の言葉は一貫していた。
「君を守る」「一緒に潰そう、王太子とその取り巻きを」
それが嘘だとすれば、あまりに巧妙すぎる裏切りだ。
だが、心のどこかで、クラリッサはもう覚悟を決めていた。
「例え、あなたが裏切っていたとしても……私は、自分の道を貫くだけ」
王都に到着したクラリッサとレオニスは、王宮の裏手にある第二王子管轄の戦術研究棟へと足を踏み入れた。
そこは表向きは戦略魔法の研究所とされていたが、内部の警戒は異様に厳重で、通常の王族施設とは明らかに違っていた。
「……何かがおかしい」
クラリッサは小声で呟いた。
通路の壁には、魔力障壁が張り巡らされている。
通常の防衛魔法ではなく、対侵入者用の致死結界。研究棟というには、あまりにも過剰な防御。
「クラリッサ……来てくれて嬉しいよ」
振り返ると、レオニスが穏やかな笑みを浮かべていた。
「本当に、私の味方なの?」
「……ああ」
「だったら、どうしてこの施設に、軍用の死の結界があるの?」
その瞬間、レオニスの笑みが、僅かに揺れた。
クラリッサは見逃さなかった。
そして、彼女はゆっくりと後ろに下がりながら、扇子の先をレオニスの喉元へ向ける。
「答えなさい。これは王位簒奪の準備なの? それとも、私を閉じ込めるための罠?」
レオニスはゆっくりと手を上げた。だが、動揺の色は無かった。
「……誤解だよ、クラリッサ。これは、万が一に備えての防衛体制だ。王都の情勢は不安定だ。俺の身にも危険が迫っている。君を守るために、こうした手配をしていただけだ」
穏やかな声、冷静な表情。
だが嘘だ。
クラリッサは直感で確信した。
レオニスの完璧な説明こそが、虚飾の鎧なのだと。
「もういいわ。あなたの口から、真実は出てこない。
だから、私の手で暴いてあげる」
クラリッサは懐から一枚の呪符を取り出した。
瞬間、空間に青い魔法陣が展開される。
それは《追想結界(サーチ・マインド)》
対象の周囲に残された魔力痕跡から、直近の“行動”や“思念”を読み取る、極秘の禁呪魔法。
「クラリッサ、それは!」
レオニスが止めようとした時、術式が発動した。
まばゆい光の中、空間に記憶の残滓が浮かび上がる。
レオニスと、王太子の参謀が密かに会話している映像。
「……クラリッサ・ローレンスは、私が懐柔した。彼女の復讐心は、王太子を潰すための良い駒になる」
「だが、計画が終わったら?」
「当然、始末する。今のうちに、証拠も感情も消しておく」
「……っ!」
クラリッサの背中に、冷たい何かが這い上がった。
信じていた。
彼の言葉を、手を、微笑みを。
だがそれらは、すべて計算づくのものだった。
「……私を、利用していただけなのね」
「クラリッサ」
「やめなさい」
その声は、今までのどの言葉よりも冷たく、鋭かった。
「もう、王族なんて信じない。あなたも、王太子も、どちらも私の敵。これから私は、自分の正義を貫くわ。悪役令嬢としてこの国すらも変えてみせる」
その言葉に、レオニスは沈黙した。
そして次の瞬間、口元に微かな笑みを浮かべる。
「……ああ、その顔が見たかった」
彼の声は、もはや王子ではなかった。
それは、狩人が獲物を仕留める瞬間の快感。
「やはり君は、計画通りに育ってくれたな、クラリッサ。
俺の期待以上だ最高の悪役だよ」
「……計画、通り?」
「君の家系。ローレンス家には、昔から選ばれた因子がある。反逆心、支配欲、冷酷さ……君はそれを見事に体現した。だから俺は、君を育てた。導いた。破滅と、復讐と、罪で塗り固めて」
クラリッサは言葉を失った。
(この人は……最初から、私の人生そのものを操作していた……?)
幼少期の出会い、王太子との政略婚、婚約破棄の発端、学園での事件の連鎖。
その全てが、仕組まれていたとしたら?
「……ふざけないで」
声が震えていた。それでも、目だけは決して逸らさなかった。
「私の人生を、勝手に物語にしないで。私は、誰の手の中にも収まらない。私自身の意志で、選ぶ。たとえ、この国が私を悪と呼ぼうとも」
クラリッサは魔法陣を展開する。
それは、貴族令嬢の常識”では考えられない、殺意を帯びた術式。
「……次に会うとき、あなたを討つわ、レオニス=アル=オルトレイン第二王子殿下」
瞬間、閃光が弾け、結界が破られ、クラリッサはその場を脱出した。
背後でレオニスの冷笑が響く。
「……ようやく、役者が揃った」
夜の王都の屋根の上。
クラリッサは一人、月明かりの下に立っていた。
心臓は早鐘のように打ち、掌には冷たい汗がにじむ。
だが、もう立ち止まることはできない。
信じていたものに裏切られ、守るはずだった未来が崩れ去った今。
彼女の中に残ったのは、たったひとつの想いだけ。
「……私の人生は、私のものよ」
風が舞う。ドレスの裾が夜気に揺れ、髪が踊る。
その瞳に浮かぶ光は、もはや令嬢のものではなかった。
それは、世界すら焼き尽くす覚悟を宿した真の悪役令嬢の光。
「全部暴いて、全部潰すわ。この国の嘘も、王族の欺瞞も。私を傷つけ、利用したすべての者たちを」
月が、雲の隙間から顔を出した。
闇に立ち向かう彼女の影は、長く、鋭く伸びていく。
そして数時間後。
王都の暗い地下で、一人の老魔導士がその予兆に気づく。
「……始まったか。ローレンスの血が、本当に目覚めた」
彼は静かに笑った。
「これは、国の歴史そのものを変える騒乱になるぞ」
流れる景色は美しいはずなのに、心の中は霞がかったまま晴れない。
密告書に記されていたのは、第二王子レオニスが王太子を王位から引きずり下ろすために秘密裏に軍を動かしているという話。
だが、それを信じるには、あまりに唐突だった。
(レオニスが、そんな……)
彼の言葉は一貫していた。
「君を守る」「一緒に潰そう、王太子とその取り巻きを」
それが嘘だとすれば、あまりに巧妙すぎる裏切りだ。
だが、心のどこかで、クラリッサはもう覚悟を決めていた。
「例え、あなたが裏切っていたとしても……私は、自分の道を貫くだけ」
王都に到着したクラリッサとレオニスは、王宮の裏手にある第二王子管轄の戦術研究棟へと足を踏み入れた。
そこは表向きは戦略魔法の研究所とされていたが、内部の警戒は異様に厳重で、通常の王族施設とは明らかに違っていた。
「……何かがおかしい」
クラリッサは小声で呟いた。
通路の壁には、魔力障壁が張り巡らされている。
通常の防衛魔法ではなく、対侵入者用の致死結界。研究棟というには、あまりにも過剰な防御。
「クラリッサ……来てくれて嬉しいよ」
振り返ると、レオニスが穏やかな笑みを浮かべていた。
「本当に、私の味方なの?」
「……ああ」
「だったら、どうしてこの施設に、軍用の死の結界があるの?」
その瞬間、レオニスの笑みが、僅かに揺れた。
クラリッサは見逃さなかった。
そして、彼女はゆっくりと後ろに下がりながら、扇子の先をレオニスの喉元へ向ける。
「答えなさい。これは王位簒奪の準備なの? それとも、私を閉じ込めるための罠?」
レオニスはゆっくりと手を上げた。だが、動揺の色は無かった。
「……誤解だよ、クラリッサ。これは、万が一に備えての防衛体制だ。王都の情勢は不安定だ。俺の身にも危険が迫っている。君を守るために、こうした手配をしていただけだ」
穏やかな声、冷静な表情。
だが嘘だ。
クラリッサは直感で確信した。
レオニスの完璧な説明こそが、虚飾の鎧なのだと。
「もういいわ。あなたの口から、真実は出てこない。
だから、私の手で暴いてあげる」
クラリッサは懐から一枚の呪符を取り出した。
瞬間、空間に青い魔法陣が展開される。
それは《追想結界(サーチ・マインド)》
対象の周囲に残された魔力痕跡から、直近の“行動”や“思念”を読み取る、極秘の禁呪魔法。
「クラリッサ、それは!」
レオニスが止めようとした時、術式が発動した。
まばゆい光の中、空間に記憶の残滓が浮かび上がる。
レオニスと、王太子の参謀が密かに会話している映像。
「……クラリッサ・ローレンスは、私が懐柔した。彼女の復讐心は、王太子を潰すための良い駒になる」
「だが、計画が終わったら?」
「当然、始末する。今のうちに、証拠も感情も消しておく」
「……っ!」
クラリッサの背中に、冷たい何かが這い上がった。
信じていた。
彼の言葉を、手を、微笑みを。
だがそれらは、すべて計算づくのものだった。
「……私を、利用していただけなのね」
「クラリッサ」
「やめなさい」
その声は、今までのどの言葉よりも冷たく、鋭かった。
「もう、王族なんて信じない。あなたも、王太子も、どちらも私の敵。これから私は、自分の正義を貫くわ。悪役令嬢としてこの国すらも変えてみせる」
その言葉に、レオニスは沈黙した。
そして次の瞬間、口元に微かな笑みを浮かべる。
「……ああ、その顔が見たかった」
彼の声は、もはや王子ではなかった。
それは、狩人が獲物を仕留める瞬間の快感。
「やはり君は、計画通りに育ってくれたな、クラリッサ。
俺の期待以上だ最高の悪役だよ」
「……計画、通り?」
「君の家系。ローレンス家には、昔から選ばれた因子がある。反逆心、支配欲、冷酷さ……君はそれを見事に体現した。だから俺は、君を育てた。導いた。破滅と、復讐と、罪で塗り固めて」
クラリッサは言葉を失った。
(この人は……最初から、私の人生そのものを操作していた……?)
幼少期の出会い、王太子との政略婚、婚約破棄の発端、学園での事件の連鎖。
その全てが、仕組まれていたとしたら?
「……ふざけないで」
声が震えていた。それでも、目だけは決して逸らさなかった。
「私の人生を、勝手に物語にしないで。私は、誰の手の中にも収まらない。私自身の意志で、選ぶ。たとえ、この国が私を悪と呼ぼうとも」
クラリッサは魔法陣を展開する。
それは、貴族令嬢の常識”では考えられない、殺意を帯びた術式。
「……次に会うとき、あなたを討つわ、レオニス=アル=オルトレイン第二王子殿下」
瞬間、閃光が弾け、結界が破られ、クラリッサはその場を脱出した。
背後でレオニスの冷笑が響く。
「……ようやく、役者が揃った」
夜の王都の屋根の上。
クラリッサは一人、月明かりの下に立っていた。
心臓は早鐘のように打ち、掌には冷たい汗がにじむ。
だが、もう立ち止まることはできない。
信じていたものに裏切られ、守るはずだった未来が崩れ去った今。
彼女の中に残ったのは、たったひとつの想いだけ。
「……私の人生は、私のものよ」
風が舞う。ドレスの裾が夜気に揺れ、髪が踊る。
その瞳に浮かぶ光は、もはや令嬢のものではなかった。
それは、世界すら焼き尽くす覚悟を宿した真の悪役令嬢の光。
「全部暴いて、全部潰すわ。この国の嘘も、王族の欺瞞も。私を傷つけ、利用したすべての者たちを」
月が、雲の隙間から顔を出した。
闇に立ち向かう彼女の影は、長く、鋭く伸びていく。
そして数時間後。
王都の暗い地下で、一人の老魔導士がその予兆に気づく。
「……始まったか。ローレンスの血が、本当に目覚めた」
彼は静かに笑った。
「これは、国の歴史そのものを変える騒乱になるぞ」



