それは、春の舞踏会の夜だった。
黄金の燭台が揺らめき、宝石のようなドレスと笑顔が宙を舞う中、彼は言った。
「クラリッサ・ヴァンディール。お前との婚約は、今この場をもって破棄する」
ざわめきが走る。
貴族たちの視線が、あからさまに彼女に集まる。
王太子アレクシス・ルフェリア。国王の後継者にして、誰もが称える次期国王。
その口から放たれた断罪の言葉は、この社交界において絶対であり、死刑宣告に等しい。
「理由は?」
クラリッサは穏やかに尋ねた。紅茶を飲み干す手元に、震えはない。
「お前の傲慢な態度と、ミリア嬢への嫌がらせ……これ以上は見過ごせない」
アレクシスの隣に立つのは、平民出身の少女、ミリア・ハートリィ。
天使のような微笑みを浮かべる彼女の袖に、王太子がそっと手を添える。
「……ふふっ」
その瞬間、クラリッサが笑った。
冷たい氷のような、けれど美しく響く声で。
「傲慢?嫌がらせ?……王太子殿下、随分と都合のいい幻想を見ていらっしゃるのね」
「なに?」
「では、こちらからもひとつ、宣言させていただきますわ」
彼女はすっと立ち上がり、扇子をひと振りして、ゆっくりと宣言した。
「その婚約、私の方から破棄いたします」
一瞬、場が凍りついた。
「え……?」
「ご心配なく。私は忠義に殉じる女ではありませんの。あなたにすがる理由も、すでに失われておりますもの」
涼やかな瞳がアレクシスを射抜く。あの王太子が、わずかに言葉を失った。
そのとき、会場の片隅で、誰かがほほ笑んだ。
ひとりの青年。漆黒の髪に冷ややかな瞳。第二王子、レオニス・ルフェリア。
兄にさえ見向きもされぬ影の王子が、グラスを傾けながら囁く。
「……面白くなってきたな。やはり、君はこちら側の人間か」
破棄された令嬢は、泣き崩れたりなどしない。
黄金の燭台が揺らめき、宝石のようなドレスと笑顔が宙を舞う中、彼は言った。
「クラリッサ・ヴァンディール。お前との婚約は、今この場をもって破棄する」
ざわめきが走る。
貴族たちの視線が、あからさまに彼女に集まる。
王太子アレクシス・ルフェリア。国王の後継者にして、誰もが称える次期国王。
その口から放たれた断罪の言葉は、この社交界において絶対であり、死刑宣告に等しい。
「理由は?」
クラリッサは穏やかに尋ねた。紅茶を飲み干す手元に、震えはない。
「お前の傲慢な態度と、ミリア嬢への嫌がらせ……これ以上は見過ごせない」
アレクシスの隣に立つのは、平民出身の少女、ミリア・ハートリィ。
天使のような微笑みを浮かべる彼女の袖に、王太子がそっと手を添える。
「……ふふっ」
その瞬間、クラリッサが笑った。
冷たい氷のような、けれど美しく響く声で。
「傲慢?嫌がらせ?……王太子殿下、随分と都合のいい幻想を見ていらっしゃるのね」
「なに?」
「では、こちらからもひとつ、宣言させていただきますわ」
彼女はすっと立ち上がり、扇子をひと振りして、ゆっくりと宣言した。
「その婚約、私の方から破棄いたします」
一瞬、場が凍りついた。
「え……?」
「ご心配なく。私は忠義に殉じる女ではありませんの。あなたにすがる理由も、すでに失われておりますもの」
涼やかな瞳がアレクシスを射抜く。あの王太子が、わずかに言葉を失った。
そのとき、会場の片隅で、誰かがほほ笑んだ。
ひとりの青年。漆黒の髪に冷ややかな瞳。第二王子、レオニス・ルフェリア。
兄にさえ見向きもされぬ影の王子が、グラスを傾けながら囁く。
「……面白くなってきたな。やはり、君はこちら側の人間か」
破棄された令嬢は、泣き崩れたりなどしない。



