Naked Love〜涙の跡を舌で辿る時〜


私が、父の仕事の関係で、今の家に引っ越ししたのは、五歳の頃。
引っ込み思案で、臆病だった私はずっと父の背中に隠れていて、その事で母に怒られていた。
そんな時、王子様の如く腰を屈めて丁寧な挨拶をしてくれたのが、五歳年上の悠久くんだった。

屈託のない満面の笑みを浮かべ、すっと差し出された手はとても温かそうで…おずおずとその手を取ると、じわっと頬に熱が集まり赤くなるのを感じた、と幼いなりに私の記憶のアルバムに大きく刻まれている。

「俺は、ゆうきって言うんだ。きこちゃん、今日から仲良くしてくれたら、嬉しいな」

まるで子供番組のお兄さんみたいで、幼いながらも、胸が弾んだ事を今でも鮮明に覚えている。

優しくて何時も格好良い悠久くん。
私をとても大切にしてくれて、どんな時も私を優先してくれた。

何処も彼処も完璧で、それこそ本当にそのまま絵本から飛び出してきた白馬の王子様みたいな、そんなキラキラした存在。

それで、こんなにも大切にして貰えたら、恋に落ちない方が有り得ない事だと思う。
それだけ、まだ周りが気にならないくらい…。

良く言えば純粋。


悪く言えば、無知…。


「悠久くん!悠久くん!」

幼馴染というポジションが、最初はとても心地良かった。
自己肯定力が低い私には、それを一蹴してくれる悠久くんの存在が、その温かさが、愛しくて堪らなかったから。

だから、私は何回も自分のその時のありったけの言葉で、毎日悠久くんに告白をした。

『悠久くん!今日も大好き!』

と…。

でも、それに向けての悠久くんの対応は何時だって、完璧の様な、やんわりと落ち着かせる様な、そんな決め台詞で儚く散る。

「ありがとう。きこちゃんは可愛いね」

とだけで。


飽きもせずに、好きだと連呼する私に対して、友達は最初こそ応援してくれていたけれど、あまりにも悠久くんにそんな事ばかりを続けている私を見兼ねて、


「希子、こういう事あんま言いたくないけどさ。執拗いのも良くないと思うよ?向こうは五歳も年上な訳だし」

「そうそう。やっぱさー。希子の『好き』の連呼は、ただの安売りになっちゃってるみたいな?そんなに言われてたら、慣れちゃって流されるのがオチだって」

そう友達のすーちゃんと、なっちゃんに言われて、確かにそうなのかな?

と、思ったのだけれど…。

溢れる気持ちに今更蓋は出来ないし。
この想いは全て余す事なく、悠久くんに伝えたかったから、辞めてしまう事はなかなか出来なかった。

今思えば、もしかしたら、ずっと迷惑だったののかな…。
悠久くんは優しいから、私を傷付けない様に、ただ流していてくれただけだったのかな。

当時高校に入ったばかりの私には、大学生のライフスタイルに、すっかりチェンジしてしまった、遥か五歳も違う悠久くんの心の中を押し図ることは、出来なかった。

付き合うとか、妹よりせめて恋人としてのポジションで、隣にいて欲しいとか、そんな一方通行な我儘がなかった訳ではないけれど…。

その一線は悠久くんにとっての繊細な部分だろうからと、結局「好き」だけで…それ以外にどんな言葉でこの想いを伝えていけばいいのか、分からなかったんだ。

ただ。

ただ、私に視線を合わせてくれたら嬉しいなって。

ほんの僅かな期待と、淡くて柔い初恋の延長線上の希望が、胸に渦を巻いているだけだった。

悠久くんの気持ちを遥かに越えて、独り善がりな感情なのは、頭の中は分かっていたのに。


本当に、本当に、私は当時幼過ぎたのだろう。

その当時、恋は盲目なんて言葉は、微塵もこの耳に入っては来なかったのだ。


それよりも先に視界に入ってくるのは、私の知っている悠久くんの遠くなっていく…背中だけだった…。