翌朝。
学校に向かうため玄関を出た瞬間、スマホが震えた。
〈一ノ瀬玲央〉
『おーい。起きてんだろ? 5分後に迎え行く』
(……はい!?)
慌てて返信する。
『来なくていいって昨日言いましたよね!?』
数秒後。
『聞こえなーい。外出とけ』
(聞こえてないんじゃなくて、聞く気がない……!)
自転車を押して少し歩くと、
角を曲がったあたりに黒いキャップの男が背を向けて立っていた。
背の高さも、雰囲気も、見間違いようがない。
「……玲央くん?」
「おっ、来た来た」
振り返った彼は、当然のように笑っていた。
「なんで…来たんですか」
「お前が昨日暗かった理由、まだ聞いてねーだろ」
「そ、それは……!」
「だから迎えに来た」
(だからって理由になってない……!)
「歩けよ。送ってく」
「ちょっと、学校には来ないで! バレたら――」
「来ねぇよ。途中までだし」
玲央は私の自転車のハンドルを奪って、
すたすたと歩き始めた。
「え!? なんで持ってくの!?」
「手、冷えてんだろ?
自転車押すのくらい俺がやる」
「……っ」
こういうところだけ妙に優しい。
それが逆にやりづらい。
「で? 昨日元気なかった理由は?」
「……べつに、なんでもありません」
「“べつに”は理由だろ」
「ち、違います!」
「じゃあ目見て言え」
「み、見ないでください……!」
「かわい。逃げんのか?」
からかう声なのに、
どこか本気で探ろうとしている目をしていた。
(この人、ほんと……なんでこんなに鋭いの……)
「そんな顔すんなって。
怒ってねぇから」
「怒ってるように見えるんですけど……」
「怒ってねぇよ。
――ただ」
玲央が急に足を止めた。
心臓が跳ねる。
「……他の誰かのことで元気なかったなら、ムカつくだけ」
「……っ!」
「まあ、いいけどな。言いたくなったら言えよ」
そう言って、また歩き出す玲央。
あっさりした態度のくせに、言葉の意味が重い。
(“他の誰か”って……なに……
そんなの、まだ……)
彼の言葉は、心の奥にずしんと残った。
***
「七海、マスクズレてんぞ」
玲央がひょいと近づいて、
私の頬に軽く手を添えた。
「っ!?」
「ほら、じっとしてろ」
「い、いいよ、自分でできるから……!」
「できてねぇから言ってんだろ。黙れ」
(黙れって……!)
そのままマスクの端を直してくれる。
顔が近すぎて、息が詰まる。
「……なに緊張してんの?」
「し、してない……!」
「嘘つけ。
鼓動聞こえんぞ?」
「き、聞こえてない!!」
「聞こえるって。近いし」
……意図的に近づいてるくせに。
「よし」
玲央がマスクを整えて、私の額に指先でトン、と触れた。
「いい子」
「っ……!?」
反射的に後ろへ下がると、
玲央は声を出して笑った。
「そんなに照れんなよ」
「て、照れてないです!!」
「はいはい」
軽く流すその感じが、
逆に胸を熱くさせた。
***
住宅街の角で、玲央が足を止める。
「ここでいい。先生とか出てくんの嫌だしな」
(……先生?)
そのワードに、
なぜか胸の奥が、ちくっとした。
「……七海」
「?」
玲央は私の視線をまっすぐ捕まえた。
「今日、変な男に話しかけられんなよ?」
「へっ?」
「気をつけろって言ってんだよ」
「な、なんで……」
「なんでも。
……嫌だからだよ」
「!!」
それは、
“独占欲”にしか聞こえなかった。
「行けよ。遅刻すんな」
玲央が私の自転車のハンドルを渡しながら、
ふっと微笑む。
「……また後でな、七海」
その声は、いつもの毒舌じゃなくて、
なぜか少しだけ優しかった。
(……なんなの……
昨日より……もっと、意識してしまう……)
胸の鼓動が止まらないまま、
私は学校へ向かった。
放課後、事務所に向かうと、スタッフさんたちが慌しく準備をしていた。
「七海ちゃん、玲央くんのスケジュール、今日ハードだから助かるわ~!」
「いえ……私、まだ全然慣れなくて……」
「玲央くん、七海ちゃんが来るって知って、ちょっと機嫌よさそうだったよ?」
「えっ……」
なにそれ。
どういう状態なの……。
控え室の扉をノックすると、
中からすぐに声がした。
「入れよ、七海」
(また、なんで分かるの……)
扉を開くと、玲央はソファで台本を読んでいた。
「お前、来るの遅かったな」
「す、すみません……」
「謝れって言ってねぇし。
その顔で言う“すみません”は嫌いじゃねぇけど」
「な、なにそれ……」
玲央は台本を放り投げ、
気怠そうに立ち上がりながら私のほうへ歩いてきた。
距離が縮まっていく。
心臓の音がうるさくなっていく。
「今日はさ、撮影の合間に……ちょっと練習したいシーンがある」
「れ、練習……?」
「恋愛ドラマの、胸キュンのとこ」
(胸キュンの……ところ?)
「台本の相手役がまだ遅れててな。
お前、代わりやれ」
「ええっ!? む、無理無理無理!!」
「無理じゃねぇよ。立っててセリフ読むだけ」
「立ってるだけじゃないでしょ絶対……!」
「鋭いな。まあ……ちょっとだけ動きあるけど」
(ちょっとの動きが怖いんですけど……!)
「はぁ……わかりました……」
「素直じゃん。かわい」
玲央はニッと笑って台本を手渡してくる。
***
「ここ。立て」
玲央は私の前に立ち、台本を指で示す。
「このシーン、セリフは――
『好きだよ。他の誰かを見るの、嫌だ』」
そのセリフは、
まるで昨日言われた言葉の延長みたいで、
胸がぎゅっとなった。
「……じゃ、動き合わせんぞ?」
「え、動きって……」
「お前の腰、こうやって――」
玲央の手が、ゆっくりと私の腰に回る。
「っ……!」
「怖がんな。抱くだけだよ」
(だ、だけってなんの“だけ”!?)
腕に囲まれ、逃げられない距離。
顔が熱くて、まともに見られない。
「目そらすな。セリフ合わせなんだから」
「む、むり……」
「むりじゃねぇよ。
ほら、俺の目見て」
眉を寄せて、ほんの少し低い声で言われると、
反射的に視線が戻ってしまう。
(こんな顔で見られたら……無理だって……)
「……じゃあ言うぞ」
玲央は私の顎に軽く手を添え、
顔の角度をそっと上げる。
「七海」
「っ……!」
名前を呼ばれただけで、
全身が熱で染まっていく。
「好きだよ。
君が……他の誰かを見るの、嫌だ」
その直後――
唇が、ふれてしまった。
「……っ……!」
ほんの一瞬の、軽いキス。
でも胸の奥が爆発しそうなほどドキドキして、
呼吸の仕方さえ忘れてしまう。
すぐ離れると思ったのに。
玲央は、ほんの少し角度を変え、
もう一度、触れるように唇を重ねた。
ふわり。
やわらかくて、甘い熱が広がる。
「……っ……な……」
声にならない息が漏れた瞬間、
玲央はやっと唇を離した。
額が触れるほど近い距離で、
熱のこもった声で言う。
「……こんなキス、お前にしかしねぇよ」
「っっ……!」
「練習とか関係ねぇから」
「れ、練習じゃ……ない……の……?」
「当たり前だろ。
お前、震えてんじゃん」
「べ、べつに……!」
「はいはい。嘘下手」
玲央は腰に回した手を離しながら、
満足そうに笑った。
「……かわいすぎな」
その顔が、本気で。
しかも、少し照れていて。
胸がぎゅうっと熱くなる。
***
撮影に戻ると、共演の女優さんが玲央に話しかけてきた。
「一ノ瀬くん、今日ほんっとかっこいいね!」
「まぁ、ありがとうございます」
自然に笑って返している玲央。
女優さんは玲央の腕にそっと触れた。
(……な、なんか……嫌……)
そんな自分に気づいて、
胸がざわついた瞬間――。
玲央の目が、
まっすぐ私に向いた。
(っ……)
女優さんの手をそっと避けるようにして、
玲央は距離をとった。
その動きが、
明らかに“私に見せるため”のものだった。
***
撮影が終わり、私が資料を片付けていると、
玲央が近づいてきた。
「七海」
「な、なに……?」
「……あんま、さっきみたいな顔すんなよ」
「っ……さ、さっきって……」
「俺が誰かと話してるときの、お前の顔」
「私、どんな顔してました!?」
「知らねぇよ。でも……」
玲央は一歩近づき、手首をつかむ。
「……俺が嫌だった」
「っ……!」
「だから離れんなよ」
低い声に、足がすくむ。
「わかった?」
「……うん」
答えた瞬間、
玲央はほっとしたように息を吐いた。
「いい子」
頭を優しく撫でる。
キスの感触がまだ残る唇が熱くなった。
(私……もう……)
胸が苦しいほどドキドキして、
息まで乱れた。
それを全部見透かすように、
玲央は私の耳元にささやく。
「……マジで離れんなよ。
七海は……俺が落とすんだから」
「っ……!」
その言葉で、
心臓は完全に玲央のものになりかけていた。
***
帰り道。
玲央が「じゃあな」と手を振って去っていったあと。
事務所の出口で、誰かの肩とぶつかった。
「あ、ごめんなさい!」
「いえ、大丈夫ですよ」
低くて穏やかな声。
(……え? この声……)
スーツ姿の男性が、優しく微笑んでいた。
「もしかして……七海?」
「え……どうして……」
「久しぶりだな。
明日からよろしくな」
(……あ……)
胸が強く締め付けられる。
昔と変わらない、あの優しい目。
「また学校で会おう」
その一言で、
私の日常は、音を立てて揺れ始めた。
(……遥真くん……?)
学校に向かうため玄関を出た瞬間、スマホが震えた。
〈一ノ瀬玲央〉
『おーい。起きてんだろ? 5分後に迎え行く』
(……はい!?)
慌てて返信する。
『来なくていいって昨日言いましたよね!?』
数秒後。
『聞こえなーい。外出とけ』
(聞こえてないんじゃなくて、聞く気がない……!)
自転車を押して少し歩くと、
角を曲がったあたりに黒いキャップの男が背を向けて立っていた。
背の高さも、雰囲気も、見間違いようがない。
「……玲央くん?」
「おっ、来た来た」
振り返った彼は、当然のように笑っていた。
「なんで…来たんですか」
「お前が昨日暗かった理由、まだ聞いてねーだろ」
「そ、それは……!」
「だから迎えに来た」
(だからって理由になってない……!)
「歩けよ。送ってく」
「ちょっと、学校には来ないで! バレたら――」
「来ねぇよ。途中までだし」
玲央は私の自転車のハンドルを奪って、
すたすたと歩き始めた。
「え!? なんで持ってくの!?」
「手、冷えてんだろ?
自転車押すのくらい俺がやる」
「……っ」
こういうところだけ妙に優しい。
それが逆にやりづらい。
「で? 昨日元気なかった理由は?」
「……べつに、なんでもありません」
「“べつに”は理由だろ」
「ち、違います!」
「じゃあ目見て言え」
「み、見ないでください……!」
「かわい。逃げんのか?」
からかう声なのに、
どこか本気で探ろうとしている目をしていた。
(この人、ほんと……なんでこんなに鋭いの……)
「そんな顔すんなって。
怒ってねぇから」
「怒ってるように見えるんですけど……」
「怒ってねぇよ。
――ただ」
玲央が急に足を止めた。
心臓が跳ねる。
「……他の誰かのことで元気なかったなら、ムカつくだけ」
「……っ!」
「まあ、いいけどな。言いたくなったら言えよ」
そう言って、また歩き出す玲央。
あっさりした態度のくせに、言葉の意味が重い。
(“他の誰か”って……なに……
そんなの、まだ……)
彼の言葉は、心の奥にずしんと残った。
***
「七海、マスクズレてんぞ」
玲央がひょいと近づいて、
私の頬に軽く手を添えた。
「っ!?」
「ほら、じっとしてろ」
「い、いいよ、自分でできるから……!」
「できてねぇから言ってんだろ。黙れ」
(黙れって……!)
そのままマスクの端を直してくれる。
顔が近すぎて、息が詰まる。
「……なに緊張してんの?」
「し、してない……!」
「嘘つけ。
鼓動聞こえんぞ?」
「き、聞こえてない!!」
「聞こえるって。近いし」
……意図的に近づいてるくせに。
「よし」
玲央がマスクを整えて、私の額に指先でトン、と触れた。
「いい子」
「っ……!?」
反射的に後ろへ下がると、
玲央は声を出して笑った。
「そんなに照れんなよ」
「て、照れてないです!!」
「はいはい」
軽く流すその感じが、
逆に胸を熱くさせた。
***
住宅街の角で、玲央が足を止める。
「ここでいい。先生とか出てくんの嫌だしな」
(……先生?)
そのワードに、
なぜか胸の奥が、ちくっとした。
「……七海」
「?」
玲央は私の視線をまっすぐ捕まえた。
「今日、変な男に話しかけられんなよ?」
「へっ?」
「気をつけろって言ってんだよ」
「な、なんで……」
「なんでも。
……嫌だからだよ」
「!!」
それは、
“独占欲”にしか聞こえなかった。
「行けよ。遅刻すんな」
玲央が私の自転車のハンドルを渡しながら、
ふっと微笑む。
「……また後でな、七海」
その声は、いつもの毒舌じゃなくて、
なぜか少しだけ優しかった。
(……なんなの……
昨日より……もっと、意識してしまう……)
胸の鼓動が止まらないまま、
私は学校へ向かった。
放課後、事務所に向かうと、スタッフさんたちが慌しく準備をしていた。
「七海ちゃん、玲央くんのスケジュール、今日ハードだから助かるわ~!」
「いえ……私、まだ全然慣れなくて……」
「玲央くん、七海ちゃんが来るって知って、ちょっと機嫌よさそうだったよ?」
「えっ……」
なにそれ。
どういう状態なの……。
控え室の扉をノックすると、
中からすぐに声がした。
「入れよ、七海」
(また、なんで分かるの……)
扉を開くと、玲央はソファで台本を読んでいた。
「お前、来るの遅かったな」
「す、すみません……」
「謝れって言ってねぇし。
その顔で言う“すみません”は嫌いじゃねぇけど」
「な、なにそれ……」
玲央は台本を放り投げ、
気怠そうに立ち上がりながら私のほうへ歩いてきた。
距離が縮まっていく。
心臓の音がうるさくなっていく。
「今日はさ、撮影の合間に……ちょっと練習したいシーンがある」
「れ、練習……?」
「恋愛ドラマの、胸キュンのとこ」
(胸キュンの……ところ?)
「台本の相手役がまだ遅れててな。
お前、代わりやれ」
「ええっ!? む、無理無理無理!!」
「無理じゃねぇよ。立っててセリフ読むだけ」
「立ってるだけじゃないでしょ絶対……!」
「鋭いな。まあ……ちょっとだけ動きあるけど」
(ちょっとの動きが怖いんですけど……!)
「はぁ……わかりました……」
「素直じゃん。かわい」
玲央はニッと笑って台本を手渡してくる。
***
「ここ。立て」
玲央は私の前に立ち、台本を指で示す。
「このシーン、セリフは――
『好きだよ。他の誰かを見るの、嫌だ』」
そのセリフは、
まるで昨日言われた言葉の延長みたいで、
胸がぎゅっとなった。
「……じゃ、動き合わせんぞ?」
「え、動きって……」
「お前の腰、こうやって――」
玲央の手が、ゆっくりと私の腰に回る。
「っ……!」
「怖がんな。抱くだけだよ」
(だ、だけってなんの“だけ”!?)
腕に囲まれ、逃げられない距離。
顔が熱くて、まともに見られない。
「目そらすな。セリフ合わせなんだから」
「む、むり……」
「むりじゃねぇよ。
ほら、俺の目見て」
眉を寄せて、ほんの少し低い声で言われると、
反射的に視線が戻ってしまう。
(こんな顔で見られたら……無理だって……)
「……じゃあ言うぞ」
玲央は私の顎に軽く手を添え、
顔の角度をそっと上げる。
「七海」
「っ……!」
名前を呼ばれただけで、
全身が熱で染まっていく。
「好きだよ。
君が……他の誰かを見るの、嫌だ」
その直後――
唇が、ふれてしまった。
「……っ……!」
ほんの一瞬の、軽いキス。
でも胸の奥が爆発しそうなほどドキドキして、
呼吸の仕方さえ忘れてしまう。
すぐ離れると思ったのに。
玲央は、ほんの少し角度を変え、
もう一度、触れるように唇を重ねた。
ふわり。
やわらかくて、甘い熱が広がる。
「……っ……な……」
声にならない息が漏れた瞬間、
玲央はやっと唇を離した。
額が触れるほど近い距離で、
熱のこもった声で言う。
「……こんなキス、お前にしかしねぇよ」
「っっ……!」
「練習とか関係ねぇから」
「れ、練習じゃ……ない……の……?」
「当たり前だろ。
お前、震えてんじゃん」
「べ、べつに……!」
「はいはい。嘘下手」
玲央は腰に回した手を離しながら、
満足そうに笑った。
「……かわいすぎな」
その顔が、本気で。
しかも、少し照れていて。
胸がぎゅうっと熱くなる。
***
撮影に戻ると、共演の女優さんが玲央に話しかけてきた。
「一ノ瀬くん、今日ほんっとかっこいいね!」
「まぁ、ありがとうございます」
自然に笑って返している玲央。
女優さんは玲央の腕にそっと触れた。
(……な、なんか……嫌……)
そんな自分に気づいて、
胸がざわついた瞬間――。
玲央の目が、
まっすぐ私に向いた。
(っ……)
女優さんの手をそっと避けるようにして、
玲央は距離をとった。
その動きが、
明らかに“私に見せるため”のものだった。
***
撮影が終わり、私が資料を片付けていると、
玲央が近づいてきた。
「七海」
「な、なに……?」
「……あんま、さっきみたいな顔すんなよ」
「っ……さ、さっきって……」
「俺が誰かと話してるときの、お前の顔」
「私、どんな顔してました!?」
「知らねぇよ。でも……」
玲央は一歩近づき、手首をつかむ。
「……俺が嫌だった」
「っ……!」
「だから離れんなよ」
低い声に、足がすくむ。
「わかった?」
「……うん」
答えた瞬間、
玲央はほっとしたように息を吐いた。
「いい子」
頭を優しく撫でる。
キスの感触がまだ残る唇が熱くなった。
(私……もう……)
胸が苦しいほどドキドキして、
息まで乱れた。
それを全部見透かすように、
玲央は私の耳元にささやく。
「……マジで離れんなよ。
七海は……俺が落とすんだから」
「っ……!」
その言葉で、
心臓は完全に玲央のものになりかけていた。
***
帰り道。
玲央が「じゃあな」と手を振って去っていったあと。
事務所の出口で、誰かの肩とぶつかった。
「あ、ごめんなさい!」
「いえ、大丈夫ですよ」
低くて穏やかな声。
(……え? この声……)
スーツ姿の男性が、優しく微笑んでいた。
「もしかして……七海?」
「え……どうして……」
「久しぶりだな。
明日からよろしくな」
(……あ……)
胸が強く締め付けられる。
昔と変わらない、あの優しい目。
「また学校で会おう」
その一言で、
私の日常は、音を立てて揺れ始めた。
(……遥真くん……?)



