「おはよう。今日ってすっごくいい天気だね」
クラス一……否、学校一の人気者・國弘寿威。
胡散臭さ全開の笑顔、台詞、仕草。
あたしは大嫌いなのに、どうしてか殆どの女子が告白に向かうモテ男だ。
彼の一挙手一投足に絶えない黄色い悲鳴に、耐えかねた私は廊下へ出た。
「おはよ、業田さん」
あまり不快感のない、わざとらしくない甘い声。……國弘くんだ。
ついてこないでよ……と思っても、口に出せないのがあたしというもの。
「……おはようございます、國弘くん」
「あはは、敬語じゃなくていいってば。硬いなぁ……僕に敬語なんて使いたくないでしょ」
少し自虐的な含みを持つ彼の言葉に、少し目を伏せて口を開いた。
「……別に、國弘に敬語を使いたいかじゃない。クセだからそうしてるだけ」
そこまで話して、ハッとした。
「ご、ごめんなさい……苗字、呼び捨てにして……。
それに、言い方もキツくなってしまってました……馴れ馴れしいですよね……」
本当にすみませんと、咄嗟に頭を下げた。 大して仲の良い訳でもないのに、失礼だ……。
「呼び捨てで良いよ。敬語も取ったままで大丈夫。
別に気にしてないし……そっちの方が自然体だし、いいんじゃない」
「あ……、ありがとう…………國弘」
「あ、そうだ。業田さんも僕のこと、“スイくん”って呼ばない?」
「遠慮させて頂きます」
即座に言い返すと、ちぇ、釣れないなぁー……と唇を尖らせた國弘。
あたしは目を細めると、踵を返して自分の席まで戻っていった。
「……はぁ……」
嵐みたいだけど、なんか…………“人”って感じだ……。
十三年間の中で、久しぶりに人間味に触れた気がした。
ガチャッ、というガサツな音に、体を縮こめた。…………姉が、帰ってきたんだ……。
「ねえ!ご飯は!? 私が帰ってからじゃ遅いって言ってるでしょ!!いい加減トロいんだけど!」
姉はただいまも言わず、そう言って靴を脱ぎ捨てた。
「……できています。温めるので、一分ほど時間がかかりますが」
「はぁ!? 先にあっためといてよ!! ほんっと気が利かない……」
空腹でイライラしている姉。
それもそのはず、今は夜の九時。
姉が、こんな時間まで遊ぶなんて普通のことだけど……いつもいつも、面倒だ。
「……フンッ、ほんとフツーの味。つまんない」
「……」
じゃあ食べるなよ、という言葉を飲み込み、あたしは口を閉ざした。
「皿洗っといてよね!!……ほんとう面倒な奴……育ててあげたの誰だと思ってるの……」
ブツブツ言いながら部屋に戻った姉。
嵐が去った…………ほぅっと一息ついて、姉のお皿にスポンジを当てていると。
「そうだ、お風呂は!? 早く入れてよ!!」
「……入れてあります。 もう入ることができるので、お好きなタイミングでどうぞ」
「…………ッ!! アンタがいつも遅いから言ってあげたのに、何その態度! 信じらんないッ!!」
姉の言葉に反対した事を言うと、いつも叩かれる。
男子の前では“ひ弱な乙女”なのに、こういう時は凄く力が強くて、痛い。
「フン……私に、馬鹿に付き合ってる時間なんてないの。手を煩わせないでよね」
姉のその言葉に、あたしは肩を跳ねさせた。
「ごご、ごめんなさい……」
「冗談じゃないわ!! 私は、アンタの面倒を見るために、中学校生活を犠牲にしたのよ!?」
「本当に、ごめんなさい……生まれてきて、ごめんなさい……っ」
あたしは、目に涙を溜めて頭を下げる。 こういう時、姉は嫌味なんだ……。
「それもこれも、あの…………」
ドキッとした。 これ以上言わせまいと、被せ気味に言った。
「ごめんなさいごめんなさいっ!! 本当に、悪いのは全部あたしなんですっ……」
あたしの必死の抵抗も虚しく、姉は予想通りの言葉を口にした。
「―――あの母親が悪いのよッ!!! 産んだ後すぐ消えるなんて無責任な奴だから……」
「お……お母さんは悪くないんですっ……!!
あたしが面倒だから、あたしがだめだめだから悪いんです……っ」
お母さんを侮辱されるのは、嫌だっ…………。
お母さんは、あたしを産んだ後、何かの病気で死んじゃって……。
お父さんは遅くまで帰らないし、必然的にあたしを育てる役目は姉に回ったんだ。
「アンタなんていなければ、私だって自由だったのに……」
「っ……ごめんなさいっ……」
姉に向けてひたすら謝り続けるあたしが滑稽に思えて、虚しくなった。
数十分して、グー……グー……と、寝息の音が聞こえる。
「……寝た、のかな……」
そう呟くと、目を伏せて俯いた。
「…………おかあ、さん……ごめんなさい……私みたいな、だめな娘で……っ」
止めどなく溢れる気持ちを封じ込めるように、そっと目を閉じた。



