「繭っ、ただいまぁ〜っ♡」
この家に三週間ぶりに響いた、女々しい甲高い声に、無性に溜め息を吐きたくなった。
でもそれは一人になってからだと、渋々感情を押し込めた。
「……お姉ちゃん、おかえり」
「この子が奈由の妹の繭ちゃん? 奈由に似てるね」
「えぇ〜、そうかなぁ〜っ? コウくんは、私より繭の方が可愛いって思うのっ?」
「えええ……、そんなことないよ。奈由の方が可愛いってば。 ねぇ繭ちゃん?」
……あの人、きっと姉の彼氏だろうな。 たしか、二十七人目だ。
彼は姉の名前を呼び、あたしの名前を呼び、果てはあたしの肩に手を回した。
…………気安く名前を呼ばないで。
あたしはその手を勢いよくひっぱたいて振り払いたかった。
でも。
―――『アンタは可愛くもなければ察しも悪いじゃない!!』
―――『可愛くもないくせに、出しゃばるんじゃないわよッ! 調子に乗らないでよね!?』
―――『どうして私の彼氏にあんなことしたのッ!? 誰がアンタを育てたと思ってるの!!』
……それは、姉が許さなかった。
コロコロと彼氏を変える姉だけど、異性に良く見られたいって気持ちは本物だったから。
「ねぇ繭、コウくんにコーヒー淹れて♡
あと、私にはココアちょうだい。“いつも通り”、甘いやつね?」
いつも通り、を強調する姉。
普段はココアなんて飲めたものじゃないって姉。
誰も来てない時にココアなんて出すと、怒り出すのに。
ブラックコーヒーが好みの姉は、男子と一緒の時だけココアを飲むんだ。
「えっ、コウくんってコーヒー好きなのぉ? すごーい、オトナだぁ〜っ♡」
「そんなことないよ。 ブラックは苦くて、ちょっと苦手だしね」
「……それでも十分素敵なことだよぉっ」
姉の褒め言葉に、照れたような彼氏二十七号。
…………ホントに哀れだな……。
姉のお世辞にデレデレしている彼氏を見て、私は悟った。
……絶対、姉はあの彼に冷めてる。
あの人、きっとすぐ、姉に捨てられる。 もう少ししたら、確実に。
「繭、私とコウくんのコップ洗っておいて。……コウくん、向こう行かない?」
甲高く、不快感を催す声は消え、冷めきった嫌悪の混じる声色の姉。
誰が見たってそう感じるはずなのに、姉の彼氏は鼻の下を伸ばしてついていく。
「じゃあ、折角だし行こうかな」
「うん」
あーあ……終わりかな。
睨むような声の姉から、スッと目を逸らした。
コップ、洗っておかなきゃな……他人が口をつけたものなんて、触りたくないんだけど。
シュッシュッシュ……と、何度も泡を吹きかける。
普段はしないとはいえ、まずはこうしてからでないと触れられない。
「はぁっ……? なんで別れるなんて言うんだよ……!!」
「私、自分より精神年齢が低い人が、嫌なのっ! ……だから……別れ……」
スポンジで洗ったあとで泡を流していると、勢いよく叫んだ彼氏側。
対抗するように、つい大声を出してしまった姉は、ボリュームダウンしていく。
結果的に別れるという結論に至ることができたようで、彼氏二十七号は帰っていった。
「はぁ……なんなんだよ……ほんっと……」
歴代彼氏が言ったことと大差のない言葉の羅列に、耳にタコができる……と顔を顰めた。
「夜ご飯はッ!? というか、もうお風呂入れてるんでしょうね!!」
「……もう入っています。 どうぞお入り下さい」
「言われなくても入るわよ!! 私に命令なんてするんじゃないわ!! 低俗なくせに……ッ」
低俗……男に媚び売るようにして甘ったるい声出してる姉の言うこととは思えないな。
「ごめんなさい」
「フンッ……」
ごめんなさいごめんなさい……憐れな私は、今日も姉に虐げられるしかないようで。
脱衣所へ向かった姉に向け、憂さ晴らしに、静かに溜め息を吐いてみせた。



