元プロバンドマンの部下は、私に気づかない~まさかの再会オフィスラブ~

それは、今から遡ること4か月ほど。朝比奈湊が初めて会社へ現れた日のことを、和那は今でもはっきり覚えている。


「今度来る中途採用の男子、南澤くんのチームに入れるから。」


朝礼の後、部長に呼び止められた和那が、軽い口調で言われたのが、その2週間前。


「経験は浅いけど、まあ真面目らしいぞ。」
 
 
「分かりました。」


そうなんだ、そう思っただけ。正直、特別な興味はなかった。中途採用も、それが経験が浅いどころか、未経験者であることも別に珍しくもなんともないからだ。


そして当日。やはり特別な感情はなかった。誰が来ても仕事は仕事、期待も、失望も、最初から持たない。そんな習性がいつの間にか身についていた。なのに・・・。

 
「失礼します。」


部長に案内されて、オフィスに入って来た男。低く、落ち着いたその声に、デスクでパソコンを叩いていた和那の指が止まった。顔を上げる。そして・・・


「えっ・・・。」


思わず、声が漏れた。もう一度、見る。見間違いだと思った、こんな場所にいるはずがない。彼が、ここに緊張した表情で、ぎこちなく立っているなんて。


ありえない。でも・・・輪郭も、立ち姿も、声も。全部、知っている。間違えるはずがない。そして


「朝比奈湊くん。この前、話した通り、今日から君の部下になる。」


部長の口から決定的な言葉が、告げられた。


「今日から配属になりました、朝比奈湊です。よろしくお願いします。」


静かな声で挨拶すると、湊は深く頭を下げる。髪は短く整えられていて、黒いスーツを着て、目立つアクセサリーなんて、どこにも着いてない。どこから見ても、どこにでもいる、普通の会社員。和那の知る、かつての彼の面影はどこにもなかった。