元プロバンドマンの部下は、私に気づかない~まさかの再会オフィスラブ~

結局この日、彼は一言も発することはなかった。いや、はっきり言って、この場に誰もが、彼が発言するとも、発言して欲しいとも思わなかった。たったひとり、和那を除いては・・・。


会議が終わりを部屋を出た和那に


「お疲れ様でした。」


湊が声を掛けて来た。振り向いた和那に


「今日の議事録は、あとで南澤さんのパソコンに送っておきます。じゃ、失礼します。」


淡々と事務報告を済ませると、歩き出した。その後ろ姿に


「ねぇ。」


思わず和那は声を掛けていた。


「何か?」


立ち止まって、振り返った湊の顔を、一瞬見つめた和那だったが、すぐに


「ううん、何でもない。」


諦めたような口調で言った。その言葉に、軽い会釈で応えると湊は歩き去って行く。


実は和那は途中から気付いていた。


会議の記録者に専念していた彼だったが、それでも、何かの拍子に一瞬、本当に一瞬だけ、キーボ-ドを叩く、彼の指が止まることがあった。議論を聞いていて、何か気になることがあるに違いなかった。だけど・・・それだけ。


何も言わない。まるで、自分から音楽へ近づくことを、怖がっているように。


(言いたいことがあるなら、言えばいいじゃない。なんで、そこまで、自分には関係ないみたいな顔をしようとしてるのよ・・・。)


そんな湊の姿と態度が、どうしようもなく、和那を苛立たせていた。