詩音と海と温かいもの

 翌朝、詩音ちゃんはベッドの中でもだえていた。


「匠海さんのえっち、ばか、すけべ……!」

「だから言ったじゃん。『めちゃくちゃしちゃう』って」

「そうだけどさあ……ほんとにあんなに、めちゃくちゃすると思わないじゃん……」


 予防接種の後の猫みたいな顔をした詩音ちゃんにキスをして、俺は起き上がった。

 朝というより、そろそろ昼になりそうだから、さっさと起きて荷ほどきをしないといけない。


「詩音ちゃん、起き上がれる?」

「無理」

「じゃあ、朝飯用意すっから待っててね」

「ん」


 詩音ちゃんがやっと笑顔になってくれたから、もう一度触れるだけのキスをしてベッドから出た。

 朝飯は昨日買ってきたパンで済ませて、荷ほどきを再開する。

 俺は台所、詩音ちゃんはリビングの荷物を開けていく。

 台所は俺のものしかないし、リビングも俺が持ってきたテレビくらいしかないから、あっという間に終わった。


「匠海さん、晩ごはん作って」

「はいよ。じゃあ、買い出しがてら、この辺を散歩しようか」


 二人で手をつないで部屋を出た。

 遊歩道では桜のつぼみが膨らんでいて、穏やかな春の風が吹き抜けている。

 春休みらしい子供たちが公園で、はしゃぐ声が聞こえた。


「いいところだねえ」

「うん、ここにしてよかった」

「匠海さんは子どもほしい?」

「まだわかんねえなあ。しばらくは詩音ちゃんと二人でゆっくりしたい」

「……私も。まずは大学行かないとだしね」

「そりゃそうだ」


 詩音ちゃんの春休みは一週間半くらい。俺は明日まで。

 だから明日は役所に行かないといけないし、免許証の住所変更もある。職場にだって届け出ないといけない。詩音ちゃんも大学に住所変更の申請が必要なはずだ。

 二人の生活は始まったばかりで、これからやることも、決めることもたくさんあった。

 だけど、だからこそ、俺らはたくさん話さなくちゃいけない。


「詩音ちゃん、これからもよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします。匠海さん」


 俺を見上げたその笑顔を、一生かけて守ろうと思った。