チャイムが鳴った瞬間、
 陽芽はお弁当を取り出しながら
 咲良の席を覗いた。

「さくらー、お弁当食べよ!」

「うん、食べよ♪」

 表面上はいつもどおり。
 でも――
 お互い“昨日のこと”がちらついていた。


 胸の奥がじんわり熱い。

「よー、一緒に食おうぜ。」

 遥太先輩が無造作に陽芽の隣に腰かける。

「ちょ、遥太先輩!?
 そこ私の隣……!」

「いいだろ別に。」

「良くないです!!」

 そんな言い合いに、
 咲良がクスクス笑う。

 その咲良の笑い声に――

「……咲良。」

 教室の入り口から、
 遥輝が小さく手を振った。

 明らかに“昨日とは違う目”で咲良を見ている。

 視線が合った瞬間、
 咲良の胸がキュッと縮まった。

(やだ……なんか今日の遥輝……
 目が優しい……)

「ここ、座っていい?」

 遥輝は咲良の隣に座り、
 咲良は思わず机に視線を落とした。

 自然と机が4つくっつき、
 4人は円卓みたいな形で座った。

 けれど、空気は明らかに――変。

「……なんか、静かだな。」
 遥太先輩が眉をひそめる。

「え!?静かじゃないですよ!」
 陽芽が慌てて声を上げる。

「陽芽、箸逆だぞ。」
「え!?あっ、ほんとだ!?」

「落ち着けよ……」
 遥太先輩が笑う。

 その笑顔に陽芽はドキンとする。

 一方、反対側では――

「咲良。」

「……なに。」

「昨日……やっぱり泣いてた?」

「えっ……!」

 咲良は一瞬固まり、
 陽芽と遥太先輩も思わず振り返った。

「お前の目、赤かった。」

「そ、それは……!」

「言いたくないならいいけど……
 無理すんなよ。」

 昨日まで気づかなかった優しさ。
 その声に、咲良の胸が熱くなる。

 沈黙が落ちたあと、
 遥太先輩がぽつりとつぶやいた。

「なんだよ……みんな様子おかしくね?」

 陽芽と咲良はビクッ。

 遥輝も咲良を見ながら
 なんとも言えない顔をしていた。

4人それぞれが心の中で抱えている思いは
違う。

 でも……
 昼下がりの光に包まれた机の上には
 どこかあたたかい空気も流れていた。

 ぎこちないけど、嫌じゃない。
 少しずつ近づいていくような、
 そんな4人の距離。

「……ねぇ。」
 陽芽がぽつりと呟いた。

「また……4人でお昼食べませんか?」

 その一言に――

 咲良は嬉しそうに笑って、
 遥輝はどこか照れたように頷き、
 遥太先輩はふっと優しく笑った。

「……あぁ。悪くねぇな。」

 その瞬間、
 4人の距離はたしかに縮まった。


ーーー


 放課後、夕陽がグラウンドに伸び、
 部員たちの影が長くのびていく。

「お疲れー!」

 練習が終わったあと、
 遥太と遥輝は片付けをしながら
 珍しく2人きりになった。

 ボールを拾っていた遥輝が、
 ふと空を見上げる。

「……なぁ、遥太。」

「ん?」

「お前……陽芽ちゃんのこと、どう思ってる?」

 いきなりの直球に、
 遥太はボールを落としそうになった。

「は?なんだよ急に。」

「昼休み見て分かった。
 あれ……普通の後輩に向ける態度じゃねぇよ。」

「……別に、普通だろ。」

「嘘。陽芽ちゃんの名前出るたび声のトーン変わってる。」

「……お前、観察力高すぎんだよ。」

 遠くを見ながら遥太はぼそりと言った。

「……あいつ見てると、なんか……落ち着く。」

「それ、もう恋じゃね?」

「……だな。」

 自分で認めた瞬間、
 遥太の胸が熱くなる。

一方の遥輝は、逆に顔を伏せた。

「……俺も一応言っとく。」

「ん?」

「好きになった。
 ……咲良のこと。」

 遥太先輩はボールを持ったまま止まった。

「やっと気づいたか。」

「……気づきたくなかった。
 でも……昨日陽芽に言われて……
 全部バレてた。」

「へぇ。陽芽、意外と鋭いな。」

「……あいつに言われた瞬間、
 全部繋がったんだよ。」

「で、どうすんだ?」

 遥輝は深く息を吸い込む。

「……逃げねぇ。
 ちゃんと向き合う。」