昨日、一限をサボって泣いて笑って、
心のしこりが全部ほどけた陽芽と咲良。
放課後、昇降口を出たところで──
「陽芽。今日、一緒に帰るぞ。」
遥太が立っていた。
いつも通り無表情なのに、
陽芽を見ると目だけやわらかくなる。
「……はい、遥太先輩。」
その横から、
遥輝が咲良の腕をとん、と突く。
「咲良、帰るぞ。置いてく。」
「ちょっ……引っ張んないでよ!」
結局、自然に4人で歩くことになった。
空気は心地よくて、でもどこか緊張していた。
ーーー
前を歩くのは
遥太と陽芽。
「なぁ、今日さ……その……
なんか声、明るいよな。」
「え!?そうですか!?
そんなこと……ない……ないと……思います!」
「いやある。めっちゃある。」
遥太が笑うと、陽芽の顔がまた赤くなる。
(やば……笑ってる顔かっこいい……
これ……ドキドキってやつ……?)
後ろを歩くのは
遥輝と咲良。
「咲良。」
「な、なに……?」
「……朝、目赤くなかった?」
咲良の足がぴたりと止まった。
「そ、それは……寝不足っ……」
「嘘だな。」
静かに言い切られた。
「なんで泣いたんだよ。」
「っ……!」
(うそ、そんなに見られてた……?)
咲良が言葉に詰まると、
遥輝は少しだけ優しく言った。
「……泣いててもいいけどさ。
理由くらい言えよ。」
(言えるわけないじゃん……
“あなたが陽芽を好きで苦しい”なんて……)
咲良は俯きながら、
必死に笑顔を作る。
「ほんとなんでもないの。
だから……気にしないで。」
遥輝は眉をひそめる。
「気にすんなって言われても……
気になる。」
その言葉が、
咲良の胸をまた痛くさせた。
(気にしないでって……言ってるのに……
なんでそんな顔するの……)
ーーー
陽芽は後ろの二人の空気を感じ取り、
ちらっと咲良の方を振り返る。
咲良と目が合う。
咲良は照れたように、
でもどこか寂しそうに微笑んだ。
陽芽は胸の奥がじんとした。
ーーー
「……なぁ陽芽。」
「はい?」
「みんな……なんか、色々あるな。」
いつもは鈍い遥太が珍しく真顔。
「でも……陽芽と話してると、
俺はなんか楽になるわ。」
その一言で、
陽芽の心臓は一気に燃え上がった。
「~~~~っ!!」
「お、おい!?なんでそんな真っ赤!?」
「し、知らないです!!」
遥太が笑いながら近づき、
陽芽が逃げるように前を向き――
4人の距離は、
すれ違いながらも少しずつ、
確実に動き始めていた。
ーーー
住宅街の分岐路。
いつもはここで2組に分かれる。
4人で歩いていた帰り道。
夕焼けの色が少しずつ薄れていくころ。
咲良は後ろを歩く遥輝の横顔を、
ずっと横目で見ていた。
陽芽は陽芽で、
遥太と楽しそうに話している。
その光景が胸を刺す。
咲良は深く息を吸った。
「遥輝。」
「ん?」
立ち止まる彼の袖を、咲良はそっと掴んだ。
「……話しなよ。
今、言わなきゃ……ずっと後悔するよ。」
咲良の声は震えていた。
それでも、まっすぐだった。
「……お前、泣きそうな顔で言うなよ。」
「いいから。行って。」
遥輝は数秒だけ咲良を見て、
小さく頷いた。
「……ごめん。遥太。」
遥輝は前で歩いていた2人に声をかける。
「おれ、陽芽に話あるから。
2人とも先帰ってて貰っていい?」
「……っは?なんで俺まで……」
文句を言おうとした遥太の腕を、
咲良がひょいっと掴んで引っ張る。
「遥太は私と帰るの! 幼なじみ特権!」
「離せ咲良!!」
夕暮れの道に、
左右に分かれる4人の背中。
ーーー
沈黙。
夕方の風だけが髪を揺らした。
「陽芽ちゃん。」
「はい……。」
遥輝はゆっくり言葉を選ぶ。
「おれ……好きな子がいる。」
いつものチャラい笑顔じゃなくて、
真剣な顔で。
「……そうだったんですね。」
「うん。
最近、ようやく自分でも自覚した。」
陽芽は、次の言葉を待つ。
「その子は……陽芽ちゃんで。」
「……え?」
陽芽は目を丸くした。
(……違う。
絶対……違う。
それは……違う……!)
陽芽は胸の奥の違和感に気づき、
勇気を出して言葉を返した。
「……先輩、
私が言うのも変かもしれないけど……」
遥輝が息を止める。
「……好きなの、私じゃなくて。
咲良、ですよね。」
遥輝の表情が固まった。
「……陽芽ちゃん……」
その瞬間、
遥輝の顔から血の気が引いた。
「な……っ」
言葉が出ない。
陽芽は静かに続けた。
「だって……いつも目で追ってるの、
咲良ですよね。
泣きそうなときだけ、
気づいてあげられるのも……
咲良だけです。」
遥輝はゆっくり目を伏せた。
「……そうなんだよな。
俺……バカだよな。」
自嘲する声が風に溶けた。
陽芽は微笑む。
「先輩……気づいてください。
本当に好きなのは……咲良ですよ。」
自分でも気づけなかった感情が、
胸の奥でじわじわ形を変えていく。
ーーー
「はぁ!? なんで俺ん家来てんだよ咲良!」
「だって部屋で話したほうが早いじゃん。
遥輝のこと、聞いてほしかったし!」
「は!? なんで俺!?」
「幼なじみだからでしょ!」
言い返せない遥太。
咲良はベッドに座り込み、
ぐしぐしと目をこする。
「ねぇ遥太。
私、どうしたらいいかな……」
「……」
遥太は咲良の様子に戸惑い、
視線を泳がせた。
咲良は泣きそうな笑顔で言う。
「ごめん……
陽芽も、遥輝も……
みんな大事だから……
自分の気持ちどこ置けばいいか分かんなくて……」
遥太は不器用に頭を掻き、
咲良の肩にタオルを投げた。
「……泣くならタオル使え。
鼻水つけんな。」
「なによそれ!」
「……でも、無理すんな。
お前が無理してんのくらい……
見りゃ分かる。」
咲良が目を丸くした。
「遥太……」
照れたように顔をそむける遥太。
「……幼なじみだし。
そういうの、気づくのは俺の役目だろ。」
咲良の胸が、ほんの少しだけ温かくなった。
咲良が涙を見せた時、遥太の胸が痛んだのは、
恋なんかじゃない。
幼なじみとして、
ずっとそばにいて、
“泣く姿は見たくない”という
昔から変わらない気持ち。
(咲良が苦しむのは……嫌だ。
でも……俺が好きとかじゃねぇ。
ただ……泣かせたくないだけだ。)
遥太はそう自分に言い聞かせるように、
ゆっくり息を吐いた。
だから咲良の家を出るときも、
胸に残った重さは恋ではなく、
ただの心配だった。
(俺が咲良を守ってやらなきゃとか……
そんな立場じゃねぇよな……
でも……ほっとけねぇんだよ。)
帰宅して陽芽からLINEが届いたとき、
遥太の胸がふっと軽くなる。
(……陽芽の声聞いたら、落ち着くかもしれねぇ。)
その瞬間、
遥太が誰に惹かれ始めているのかは
ハッキリしていた
ーーー
「先輩が好きなのは……咲良ですよ。」
陽芽の言葉が落ちた瞬間、
夕方の空気が止まった。
遥輝の喉がひくりと動いた。
「な……んで、そう思うんだよ。」
「先輩の目を見れば分かります。
私を見る時と……咲良を見る時、全然違う。」
遥輝は目を逸らした。
苦しげに、息を吐く。
「……おれ、そんなに分かりやすい?」
「分かりやすいです。ものすごく。」
「……最悪だ。
俺、気づいてなかった。」
遥輝の声は震えていた。
陽芽は静かに首を振る。
「気づいてたんですよ。
気づかないふり、してただけ。」
図星すぎて、遥輝の胸が痛む。
「……陽芽。
お前、つよいな。」
「そんなことないですよ。」
苦笑したその一言で、
遥輝の心が折れた。
「……ごめん。今日は帰る。」
遥輝は急に背を向けた。
足音は早歩きから、
気づけば走り出していた。
陽芽はその背中を見送りながら、
胸がきゅっと痛んだ。
(……気づけてよかった。
咲良が報われますように。)
ーーー
遥輝side
扉を閉めた瞬間、
遥輝はベッドに倒れ込んだ。
「……陽芽の言う通りだ。」
天井を見つめながら、
陽芽の言葉が何度も何度も反芻される。
『いつも目で追ってるのは咲良ですよね?』
「……見てた。
ずっとどこにいても、目で追ってた。」
咲良の泣きそうな顔。
笑った顔。
怒った顔。
「……全部、気になってた。」
気づかなかっただけで――
本当はずっと。
(おれ……好きなんだ、咲良のこと。)
認めた瞬間、
胸が苦しくなる。
でも同時に、
あたたかくなった。
「……どうすんだよ、これ。」
手で顔を覆いながら、
咲良の名前を心の中でそっと呼んだ。
ーーー
咲良が帰宅してすぐに届いた
陽芽からのメッセージ。読んだ瞬間、遥太の胸のざわつきが少し軽くなった。
【陽芽】
『今日って、大丈夫でしたか?
なんか顔色悪かったような気がして……』
(……見てたんだ。)
咲良の涙を見た直後だったせいか、
その気遣いが素直に沁みた。
【遥太】
『大丈夫。ちょっと考えることあっただけ。
心配すんな。』
送ってすぐ、既読がつく。
【陽芽】
『ならよかったです。
…あ、でももし話したくなったらいつでも言ってください。
私、話聞くの得意なんで!』
その言葉に、遥太は少し笑ってしまう。
(陽芽って、なんか……あったけぇな。)
気づくと、指が勝手に動いていた。
【遥太】
『じゃあ……ちょっとだけ、話聞いてくれる?
通話とかで。』
送った瞬間、心臓が跳ねた。
すぐに返信が来る。
【陽芽】
『もちろん!!少し声聞かせてください!』
(…声聞きたいって言うの、反則だろ。)
通話ボタンを押す指が
少しだけ震えていた。
ーーー
咲良は布団の上で膝を抱えていた。
泣きはらして赤くなった目がまだ痛む。
(……遥太にバレた……
はぁ……ほんと最悪……)
そのとき。
ピコン。
通知が光った。
画面には――
【遥輝】
『今日さ、なんか咲良変だった大丈夫か?』
その一文だけで、胸が締め付けられる。
(どうして……
なんで……気づくの……)
でも “何に” 気づいているわけじゃない。
そこが余計につらい。
咲良は震える指で返信した。
【咲良】
『大丈夫だよ。なんでもない。
心配かけてごめん。』
送ったあと、画面を伏せる。
(なんでもないわけないのに……
本当は……遥輝に気づいてほしいのに……
でも気づかれたら……壊れる。)
頭を抱えたくなる。
胸が痛すぎた。
しばらくして携帯が震える。
【遥輝】
『なんでもなくねぇだろ。
……泣いてた?』
「っ……」
咲良は口元を押さえた。
どうして。どうして気づくの。
なのにどうして――好きってことだけは気づかないの。
【咲良】
『……泣いてないよ。』
ほんとに。』
嘘だと分かる返事を送り、
咲良はスマホを胸にぎゅっと抱いた。
ーーー
「……あ、あのっ!陽芽です!」
最初の声が少し明るくて、
遥太の顔に自然と笑みが浮かぶ。
「そんな緊張すんなって。
俺が緊張すんだろ。」
「え!?そ、そうですか!?
えぇどうしよ……」
「落ち着けって。」
くすっと笑いが漏れた。
陽芽の声だけで、
さっきまでの重さが本当に消えていく。
「で……考えごとって、どんなことですか?」
「……幼なじみが泣いててさ。
でも俺……何もしてやれなくて。」
陽芽はしばらく黙ったあと、
優しく言った。
「……優しいですね、遥太先輩。
そんなふうに思えるの、すごく素敵です。」
「いや……別に優しくねぇよ。」
「でも、声……すごく心配してましたよ。」
「……分かる?」
「うん。
だって……話してる声が、
“誰かを大事にしてる人の声” だった。」
「……陽芽。」
胸が温かくなる。
(なんだよ……
なんでこんなに柔らかいんだ、この子……)
咲良の涙で荒れていた心が、
陽芽の声でゆっくりほどけていく。
「……ありがとな。」
「いえっ……!
あ、もしよかったら……
明日ちょっと一緒に帰りませんか?」
「……ああ。いいよ。」
その返事を聞いた瞬間、
陽芽の息が少し弾んだのが聞こえた。
そして――
遥太はようやく気づき始める。
(……俺……
陽芽と話すと……落ち着くんだな。)
ーーー
遥輝はスマホを握りしめ、
既読のついた咲良のメッセージをじっと見つめていた。
「なんでもなくねぇよ……あの顔。」
胸がざわつく。
(……誰のせいであんな顔してんだよ。
俺か……?
それとも……誰だ?)
けれど―その答えだけは、まだ気づけないままだった。
心のしこりが全部ほどけた陽芽と咲良。
放課後、昇降口を出たところで──
「陽芽。今日、一緒に帰るぞ。」
遥太が立っていた。
いつも通り無表情なのに、
陽芽を見ると目だけやわらかくなる。
「……はい、遥太先輩。」
その横から、
遥輝が咲良の腕をとん、と突く。
「咲良、帰るぞ。置いてく。」
「ちょっ……引っ張んないでよ!」
結局、自然に4人で歩くことになった。
空気は心地よくて、でもどこか緊張していた。
ーーー
前を歩くのは
遥太と陽芽。
「なぁ、今日さ……その……
なんか声、明るいよな。」
「え!?そうですか!?
そんなこと……ない……ないと……思います!」
「いやある。めっちゃある。」
遥太が笑うと、陽芽の顔がまた赤くなる。
(やば……笑ってる顔かっこいい……
これ……ドキドキってやつ……?)
後ろを歩くのは
遥輝と咲良。
「咲良。」
「な、なに……?」
「……朝、目赤くなかった?」
咲良の足がぴたりと止まった。
「そ、それは……寝不足っ……」
「嘘だな。」
静かに言い切られた。
「なんで泣いたんだよ。」
「っ……!」
(うそ、そんなに見られてた……?)
咲良が言葉に詰まると、
遥輝は少しだけ優しく言った。
「……泣いててもいいけどさ。
理由くらい言えよ。」
(言えるわけないじゃん……
“あなたが陽芽を好きで苦しい”なんて……)
咲良は俯きながら、
必死に笑顔を作る。
「ほんとなんでもないの。
だから……気にしないで。」
遥輝は眉をひそめる。
「気にすんなって言われても……
気になる。」
その言葉が、
咲良の胸をまた痛くさせた。
(気にしないでって……言ってるのに……
なんでそんな顔するの……)
ーーー
陽芽は後ろの二人の空気を感じ取り、
ちらっと咲良の方を振り返る。
咲良と目が合う。
咲良は照れたように、
でもどこか寂しそうに微笑んだ。
陽芽は胸の奥がじんとした。
ーーー
「……なぁ陽芽。」
「はい?」
「みんな……なんか、色々あるな。」
いつもは鈍い遥太が珍しく真顔。
「でも……陽芽と話してると、
俺はなんか楽になるわ。」
その一言で、
陽芽の心臓は一気に燃え上がった。
「~~~~っ!!」
「お、おい!?なんでそんな真っ赤!?」
「し、知らないです!!」
遥太が笑いながら近づき、
陽芽が逃げるように前を向き――
4人の距離は、
すれ違いながらも少しずつ、
確実に動き始めていた。
ーーー
住宅街の分岐路。
いつもはここで2組に分かれる。
4人で歩いていた帰り道。
夕焼けの色が少しずつ薄れていくころ。
咲良は後ろを歩く遥輝の横顔を、
ずっと横目で見ていた。
陽芽は陽芽で、
遥太と楽しそうに話している。
その光景が胸を刺す。
咲良は深く息を吸った。
「遥輝。」
「ん?」
立ち止まる彼の袖を、咲良はそっと掴んだ。
「……話しなよ。
今、言わなきゃ……ずっと後悔するよ。」
咲良の声は震えていた。
それでも、まっすぐだった。
「……お前、泣きそうな顔で言うなよ。」
「いいから。行って。」
遥輝は数秒だけ咲良を見て、
小さく頷いた。
「……ごめん。遥太。」
遥輝は前で歩いていた2人に声をかける。
「おれ、陽芽に話あるから。
2人とも先帰ってて貰っていい?」
「……っは?なんで俺まで……」
文句を言おうとした遥太の腕を、
咲良がひょいっと掴んで引っ張る。
「遥太は私と帰るの! 幼なじみ特権!」
「離せ咲良!!」
夕暮れの道に、
左右に分かれる4人の背中。
ーーー
沈黙。
夕方の風だけが髪を揺らした。
「陽芽ちゃん。」
「はい……。」
遥輝はゆっくり言葉を選ぶ。
「おれ……好きな子がいる。」
いつものチャラい笑顔じゃなくて、
真剣な顔で。
「……そうだったんですね。」
「うん。
最近、ようやく自分でも自覚した。」
陽芽は、次の言葉を待つ。
「その子は……陽芽ちゃんで。」
「……え?」
陽芽は目を丸くした。
(……違う。
絶対……違う。
それは……違う……!)
陽芽は胸の奥の違和感に気づき、
勇気を出して言葉を返した。
「……先輩、
私が言うのも変かもしれないけど……」
遥輝が息を止める。
「……好きなの、私じゃなくて。
咲良、ですよね。」
遥輝の表情が固まった。
「……陽芽ちゃん……」
その瞬間、
遥輝の顔から血の気が引いた。
「な……っ」
言葉が出ない。
陽芽は静かに続けた。
「だって……いつも目で追ってるの、
咲良ですよね。
泣きそうなときだけ、
気づいてあげられるのも……
咲良だけです。」
遥輝はゆっくり目を伏せた。
「……そうなんだよな。
俺……バカだよな。」
自嘲する声が風に溶けた。
陽芽は微笑む。
「先輩……気づいてください。
本当に好きなのは……咲良ですよ。」
自分でも気づけなかった感情が、
胸の奥でじわじわ形を変えていく。
ーーー
「はぁ!? なんで俺ん家来てんだよ咲良!」
「だって部屋で話したほうが早いじゃん。
遥輝のこと、聞いてほしかったし!」
「は!? なんで俺!?」
「幼なじみだからでしょ!」
言い返せない遥太。
咲良はベッドに座り込み、
ぐしぐしと目をこする。
「ねぇ遥太。
私、どうしたらいいかな……」
「……」
遥太は咲良の様子に戸惑い、
視線を泳がせた。
咲良は泣きそうな笑顔で言う。
「ごめん……
陽芽も、遥輝も……
みんな大事だから……
自分の気持ちどこ置けばいいか分かんなくて……」
遥太は不器用に頭を掻き、
咲良の肩にタオルを投げた。
「……泣くならタオル使え。
鼻水つけんな。」
「なによそれ!」
「……でも、無理すんな。
お前が無理してんのくらい……
見りゃ分かる。」
咲良が目を丸くした。
「遥太……」
照れたように顔をそむける遥太。
「……幼なじみだし。
そういうの、気づくのは俺の役目だろ。」
咲良の胸が、ほんの少しだけ温かくなった。
咲良が涙を見せた時、遥太の胸が痛んだのは、
恋なんかじゃない。
幼なじみとして、
ずっとそばにいて、
“泣く姿は見たくない”という
昔から変わらない気持ち。
(咲良が苦しむのは……嫌だ。
でも……俺が好きとかじゃねぇ。
ただ……泣かせたくないだけだ。)
遥太はそう自分に言い聞かせるように、
ゆっくり息を吐いた。
だから咲良の家を出るときも、
胸に残った重さは恋ではなく、
ただの心配だった。
(俺が咲良を守ってやらなきゃとか……
そんな立場じゃねぇよな……
でも……ほっとけねぇんだよ。)
帰宅して陽芽からLINEが届いたとき、
遥太の胸がふっと軽くなる。
(……陽芽の声聞いたら、落ち着くかもしれねぇ。)
その瞬間、
遥太が誰に惹かれ始めているのかは
ハッキリしていた
ーーー
「先輩が好きなのは……咲良ですよ。」
陽芽の言葉が落ちた瞬間、
夕方の空気が止まった。
遥輝の喉がひくりと動いた。
「な……んで、そう思うんだよ。」
「先輩の目を見れば分かります。
私を見る時と……咲良を見る時、全然違う。」
遥輝は目を逸らした。
苦しげに、息を吐く。
「……おれ、そんなに分かりやすい?」
「分かりやすいです。ものすごく。」
「……最悪だ。
俺、気づいてなかった。」
遥輝の声は震えていた。
陽芽は静かに首を振る。
「気づいてたんですよ。
気づかないふり、してただけ。」
図星すぎて、遥輝の胸が痛む。
「……陽芽。
お前、つよいな。」
「そんなことないですよ。」
苦笑したその一言で、
遥輝の心が折れた。
「……ごめん。今日は帰る。」
遥輝は急に背を向けた。
足音は早歩きから、
気づけば走り出していた。
陽芽はその背中を見送りながら、
胸がきゅっと痛んだ。
(……気づけてよかった。
咲良が報われますように。)
ーーー
遥輝side
扉を閉めた瞬間、
遥輝はベッドに倒れ込んだ。
「……陽芽の言う通りだ。」
天井を見つめながら、
陽芽の言葉が何度も何度も反芻される。
『いつも目で追ってるのは咲良ですよね?』
「……見てた。
ずっとどこにいても、目で追ってた。」
咲良の泣きそうな顔。
笑った顔。
怒った顔。
「……全部、気になってた。」
気づかなかっただけで――
本当はずっと。
(おれ……好きなんだ、咲良のこと。)
認めた瞬間、
胸が苦しくなる。
でも同時に、
あたたかくなった。
「……どうすんだよ、これ。」
手で顔を覆いながら、
咲良の名前を心の中でそっと呼んだ。
ーーー
咲良が帰宅してすぐに届いた
陽芽からのメッセージ。読んだ瞬間、遥太の胸のざわつきが少し軽くなった。
【陽芽】
『今日って、大丈夫でしたか?
なんか顔色悪かったような気がして……』
(……見てたんだ。)
咲良の涙を見た直後だったせいか、
その気遣いが素直に沁みた。
【遥太】
『大丈夫。ちょっと考えることあっただけ。
心配すんな。』
送ってすぐ、既読がつく。
【陽芽】
『ならよかったです。
…あ、でももし話したくなったらいつでも言ってください。
私、話聞くの得意なんで!』
その言葉に、遥太は少し笑ってしまう。
(陽芽って、なんか……あったけぇな。)
気づくと、指が勝手に動いていた。
【遥太】
『じゃあ……ちょっとだけ、話聞いてくれる?
通話とかで。』
送った瞬間、心臓が跳ねた。
すぐに返信が来る。
【陽芽】
『もちろん!!少し声聞かせてください!』
(…声聞きたいって言うの、反則だろ。)
通話ボタンを押す指が
少しだけ震えていた。
ーーー
咲良は布団の上で膝を抱えていた。
泣きはらして赤くなった目がまだ痛む。
(……遥太にバレた……
はぁ……ほんと最悪……)
そのとき。
ピコン。
通知が光った。
画面には――
【遥輝】
『今日さ、なんか咲良変だった大丈夫か?』
その一文だけで、胸が締め付けられる。
(どうして……
なんで……気づくの……)
でも “何に” 気づいているわけじゃない。
そこが余計につらい。
咲良は震える指で返信した。
【咲良】
『大丈夫だよ。なんでもない。
心配かけてごめん。』
送ったあと、画面を伏せる。
(なんでもないわけないのに……
本当は……遥輝に気づいてほしいのに……
でも気づかれたら……壊れる。)
頭を抱えたくなる。
胸が痛すぎた。
しばらくして携帯が震える。
【遥輝】
『なんでもなくねぇだろ。
……泣いてた?』
「っ……」
咲良は口元を押さえた。
どうして。どうして気づくの。
なのにどうして――好きってことだけは気づかないの。
【咲良】
『……泣いてないよ。』
ほんとに。』
嘘だと分かる返事を送り、
咲良はスマホを胸にぎゅっと抱いた。
ーーー
「……あ、あのっ!陽芽です!」
最初の声が少し明るくて、
遥太の顔に自然と笑みが浮かぶ。
「そんな緊張すんなって。
俺が緊張すんだろ。」
「え!?そ、そうですか!?
えぇどうしよ……」
「落ち着けって。」
くすっと笑いが漏れた。
陽芽の声だけで、
さっきまでの重さが本当に消えていく。
「で……考えごとって、どんなことですか?」
「……幼なじみが泣いててさ。
でも俺……何もしてやれなくて。」
陽芽はしばらく黙ったあと、
優しく言った。
「……優しいですね、遥太先輩。
そんなふうに思えるの、すごく素敵です。」
「いや……別に優しくねぇよ。」
「でも、声……すごく心配してましたよ。」
「……分かる?」
「うん。
だって……話してる声が、
“誰かを大事にしてる人の声” だった。」
「……陽芽。」
胸が温かくなる。
(なんだよ……
なんでこんなに柔らかいんだ、この子……)
咲良の涙で荒れていた心が、
陽芽の声でゆっくりほどけていく。
「……ありがとな。」
「いえっ……!
あ、もしよかったら……
明日ちょっと一緒に帰りませんか?」
「……ああ。いいよ。」
その返事を聞いた瞬間、
陽芽の息が少し弾んだのが聞こえた。
そして――
遥太はようやく気づき始める。
(……俺……
陽芽と話すと……落ち着くんだな。)
ーーー
遥輝はスマホを握りしめ、
既読のついた咲良のメッセージをじっと見つめていた。
「なんでもなくねぇよ……あの顔。」
胸がざわつく。
(……誰のせいであんな顔してんだよ。
俺か……?
それとも……誰だ?)
けれど―その答えだけは、まだ気づけないままだった。

