サッカー部に顔を出すようになって、
陽芽と咲良の放課後は少しずつ変わっていった。
マネージャーの仕事を全うする日々。
笑い合うことも、失敗して落ち込むことも、
もう当たり前の時間になっていた。
「陽芽ちゃん、飲み物ちょーだい。」
「はいっ!」
いつも通りの声。
でも、その“いつも”の中に、
目で追う人の存在が強くなっていく。
遥輝と陽芽が笑いながら話していた。
「陽芽ちゃん、もうすっかりマネ慣れたね。」
「ほんとですか? うれしい!」
陽芽の笑顔に、
遥輝は少しだけ胸がざわついた。
陽芽が遥輝と話している。
距離が近くて、笑顔が多くて。
(…なんで、そんなに楽しそうなんだよ。)
遥太は知らず知らずのうちに、
その光景をじっと見つめていた。
咲良がその視線を見つけ、
小さくため息をつく。
ーーー
「遥太!」
その日の夜。遥太の部屋に押しかけてきたのは咲良だった。
「なんだよ急に。」
「陽芽のこと、好きなんでしょ。」
「は!? なに言ってんだお前。」
「図星じゃん。」
「違ぇし。」
「顔、真っ赤。」
「……うるせぇ。」
咲良はニヤリと笑って立ち上がる。
「素直になればいいのに。
でもね、陽芽は遥輝と仲いいよ。」
「……わかってる。」
「なら焦らないと。
恋、取られちゃうかも。」
咲良の軽口に、
遥太は思わず息を飲んだ。
ーーー
翌日の放課後。
陽芽はマネージャーの仕事を終えて、
サッカー部の部室に向かった。
「あ、遥太先輩!」
明るく声をかける。
本当はただ名前を呼んだだけ。
なのに、
遥太は、
びくっと肩を上げた。
「……っ!」
その反応に、陽芽は瞬きをする。
「え?ど、どうしたんですか?」
「べ、別に……なんでもねぇし。」
そして、
明らかに距離を取った。
ふだんは普通に近くに来てくれるのに、
今日は一歩……いや二歩くらい遠い。
(え、なに?私なんかした?)
陽芽は首をかしげるが、
遥太はそっぽを向いたまま。
「……飲み物の準備とか、もう終わってんだろ。
あとは……その……自分でやるから。」
「へ?別にいいですよ手伝いますよ?」
「っ……いいって言ってんだろ!」
やけに強い言い方。
陽芽はビクッと肩を揺らした。
「あ、ご、ごめん……」
しゅんと小さくなる陽芽。
その瞬間――
遥太は後悔に押しつぶされる。
(あ……やべ……
俺、なに怒ってんだよ……)
胸がぎゅっと痛くなる。
陽芽を傷つけたくなんてないのに。
ただ、昨日のことが頭をよぎる。
遥輝と話す陽芽。
笑ってる陽芽。
距離が近い陽芽。
(……俺、嫉妬してるだけじゃん……)
自分でも情けない。
でも胸の中の熱はどうにもできない。
「……別に怒ってねぇから。
ただ、なんか……疲れてるだけ。俺。」
遥太は視線を合わせられないまま、
ぶっきらぼうに言う。
陽芽はじっと見つめたあと、
そっと微笑んだ。
「…じゃあ、頑張りすぎないでくださいね。
遥太先輩。」
その笑顔は、どこか温かくて優しくて。
遥太の胸にじわっと広がった。
(……やめろよ……
そんな顔されたら……余計に……)
言葉が喉に詰まる。
「じゃあ、行ってきます!」
陽芽は明るく手を振って走っていく。
その背中を見つめながら――
遥太は髪をぐしゃっとかき乱した。
「……マジで、どうすりゃいいんだよ俺」
ぎこちない態度は、
自分でも止められなかった。
ーーー
帰りの廊下。
夕日が差し込んで、オレンジ色に染まっていた。
陽芽はゆっくり歩きながら、
胸の中がきゅっと重いままだった。
(……今日、遥太先輩、冷たかったな……
私、なにかした?)
理由が分からない。
嫌われたのかもしれない、と考えると
胸が痛くなった。
そんなとき。
「陽芽ちゃーん!」
背後から軽い声がしてふり返ると、
遥輝が手を振りながら近づいてきた。
「なに落ち込んでんの?
その顔、らしくないよ?」
「え……あ、えっと……」
誤魔化そうと笑う。
でも、うまく笑えない。
遥輝は見抜いたように、
隣に立って覗き込む。
「言いたくなかったら言わなくていいけどさ。…なんかあった?」
その声が優しくて、
陽芽はぽつりと漏らした。
「……今日、遥太先輩……なんか、冷たくて……」
「はーい出ました。遥太の不器用発動。」
「え?」
「どうせ原因はあいつでしょ。見てれば分かるよ。」
遥輝は軽く笑って、
陽芽の頭をぽん、と優しく撫でた。
「そんな顔すんなって。
陽芽ちゃんのそういうの、似合わない。」
「……でも……」
「俺ならさ。」
ふっと声のトーンが落ちる。
陽芽も思わず顔を上げた。
遥輝は目を細めて、
まっすぐ陽芽を見つめて言った。
「俺なら、陽芽ちゃんにそんな顔、させないのになー。」
「……え?」
陽芽の目がぱちぱちと瞬く。
だって、それは
まるで告白みたいな言葉なのに。
「えっ……あの…… え?
ど、どういう……」
「おいおい、そんな真に受けないの。」
遥輝はすぐにニッと笑って肩をすくめる。
「冗談冗談。
俺、いつものチャラ男キャラだから。」
「あ、そ……そうですよね!?はは……!」
陽芽は胸を押さえてホッと息をつく。
(先輩って、ほんと冗談言うのうまいなぁ……
やっぱりモテる人って違うな。)
そう思う陽芽とは反対に――
遥輝は心の中で、小さく息を飲んでいた。
(……冗談じゃねぇんだけどな。)
でも言わない。
だって“遥太が陽芽を好き”なのを
誰より知っているから。
「ほら、元気出たじゃん。
その方が陽芽ちゃんらしいって。」
「……はい!」
陽芽が笑うと、
遥輝の胸にまた小さくチクリと痛みが走る。
(……ほんと、ずるい笑顔。)
遥輝の胸の中では別の感情が芽生えていた。
ーーー
部活帰りの道。
咲良は遥輝の横を歩いていた。
「ねぇ遥輝。」
「ん?」
「陽芽のこと、好きだったりする?」
「は?」
遥輝の足が止まる。
「……やっぱり、図星か。」
「……」
「でも、遥輝。陽芽のこと、好きにならないようにしてるでしょ。」
「……なにそれ。」
「だって、遥太が好きだから。」
その一言に、
遥輝は息をのんだ。
「……お前、ほんと怖ぇな。全部見抜く。」
「昔から知ってるでしょ、あんたのこと。」
咲良の声は震えていた。
「……でも私、平気だから。
ちゃんと応援するよ。」
背中を向けた咲良の目には、
少しだけ涙がにじんでいた。
陽芽と咲良の放課後は少しずつ変わっていった。
マネージャーの仕事を全うする日々。
笑い合うことも、失敗して落ち込むことも、
もう当たり前の時間になっていた。
「陽芽ちゃん、飲み物ちょーだい。」
「はいっ!」
いつも通りの声。
でも、その“いつも”の中に、
目で追う人の存在が強くなっていく。
遥輝と陽芽が笑いながら話していた。
「陽芽ちゃん、もうすっかりマネ慣れたね。」
「ほんとですか? うれしい!」
陽芽の笑顔に、
遥輝は少しだけ胸がざわついた。
陽芽が遥輝と話している。
距離が近くて、笑顔が多くて。
(…なんで、そんなに楽しそうなんだよ。)
遥太は知らず知らずのうちに、
その光景をじっと見つめていた。
咲良がその視線を見つけ、
小さくため息をつく。
ーーー
「遥太!」
その日の夜。遥太の部屋に押しかけてきたのは咲良だった。
「なんだよ急に。」
「陽芽のこと、好きなんでしょ。」
「は!? なに言ってんだお前。」
「図星じゃん。」
「違ぇし。」
「顔、真っ赤。」
「……うるせぇ。」
咲良はニヤリと笑って立ち上がる。
「素直になればいいのに。
でもね、陽芽は遥輝と仲いいよ。」
「……わかってる。」
「なら焦らないと。
恋、取られちゃうかも。」
咲良の軽口に、
遥太は思わず息を飲んだ。
ーーー
翌日の放課後。
陽芽はマネージャーの仕事を終えて、
サッカー部の部室に向かった。
「あ、遥太先輩!」
明るく声をかける。
本当はただ名前を呼んだだけ。
なのに、
遥太は、
びくっと肩を上げた。
「……っ!」
その反応に、陽芽は瞬きをする。
「え?ど、どうしたんですか?」
「べ、別に……なんでもねぇし。」
そして、
明らかに距離を取った。
ふだんは普通に近くに来てくれるのに、
今日は一歩……いや二歩くらい遠い。
(え、なに?私なんかした?)
陽芽は首をかしげるが、
遥太はそっぽを向いたまま。
「……飲み物の準備とか、もう終わってんだろ。
あとは……その……自分でやるから。」
「へ?別にいいですよ手伝いますよ?」
「っ……いいって言ってんだろ!」
やけに強い言い方。
陽芽はビクッと肩を揺らした。
「あ、ご、ごめん……」
しゅんと小さくなる陽芽。
その瞬間――
遥太は後悔に押しつぶされる。
(あ……やべ……
俺、なに怒ってんだよ……)
胸がぎゅっと痛くなる。
陽芽を傷つけたくなんてないのに。
ただ、昨日のことが頭をよぎる。
遥輝と話す陽芽。
笑ってる陽芽。
距離が近い陽芽。
(……俺、嫉妬してるだけじゃん……)
自分でも情けない。
でも胸の中の熱はどうにもできない。
「……別に怒ってねぇから。
ただ、なんか……疲れてるだけ。俺。」
遥太は視線を合わせられないまま、
ぶっきらぼうに言う。
陽芽はじっと見つめたあと、
そっと微笑んだ。
「…じゃあ、頑張りすぎないでくださいね。
遥太先輩。」
その笑顔は、どこか温かくて優しくて。
遥太の胸にじわっと広がった。
(……やめろよ……
そんな顔されたら……余計に……)
言葉が喉に詰まる。
「じゃあ、行ってきます!」
陽芽は明るく手を振って走っていく。
その背中を見つめながら――
遥太は髪をぐしゃっとかき乱した。
「……マジで、どうすりゃいいんだよ俺」
ぎこちない態度は、
自分でも止められなかった。
ーーー
帰りの廊下。
夕日が差し込んで、オレンジ色に染まっていた。
陽芽はゆっくり歩きながら、
胸の中がきゅっと重いままだった。
(……今日、遥太先輩、冷たかったな……
私、なにかした?)
理由が分からない。
嫌われたのかもしれない、と考えると
胸が痛くなった。
そんなとき。
「陽芽ちゃーん!」
背後から軽い声がしてふり返ると、
遥輝が手を振りながら近づいてきた。
「なに落ち込んでんの?
その顔、らしくないよ?」
「え……あ、えっと……」
誤魔化そうと笑う。
でも、うまく笑えない。
遥輝は見抜いたように、
隣に立って覗き込む。
「言いたくなかったら言わなくていいけどさ。…なんかあった?」
その声が優しくて、
陽芽はぽつりと漏らした。
「……今日、遥太先輩……なんか、冷たくて……」
「はーい出ました。遥太の不器用発動。」
「え?」
「どうせ原因はあいつでしょ。見てれば分かるよ。」
遥輝は軽く笑って、
陽芽の頭をぽん、と優しく撫でた。
「そんな顔すんなって。
陽芽ちゃんのそういうの、似合わない。」
「……でも……」
「俺ならさ。」
ふっと声のトーンが落ちる。
陽芽も思わず顔を上げた。
遥輝は目を細めて、
まっすぐ陽芽を見つめて言った。
「俺なら、陽芽ちゃんにそんな顔、させないのになー。」
「……え?」
陽芽の目がぱちぱちと瞬く。
だって、それは
まるで告白みたいな言葉なのに。
「えっ……あの…… え?
ど、どういう……」
「おいおい、そんな真に受けないの。」
遥輝はすぐにニッと笑って肩をすくめる。
「冗談冗談。
俺、いつものチャラ男キャラだから。」
「あ、そ……そうですよね!?はは……!」
陽芽は胸を押さえてホッと息をつく。
(先輩って、ほんと冗談言うのうまいなぁ……
やっぱりモテる人って違うな。)
そう思う陽芽とは反対に――
遥輝は心の中で、小さく息を飲んでいた。
(……冗談じゃねぇんだけどな。)
でも言わない。
だって“遥太が陽芽を好き”なのを
誰より知っているから。
「ほら、元気出たじゃん。
その方が陽芽ちゃんらしいって。」
「……はい!」
陽芽が笑うと、
遥輝の胸にまた小さくチクリと痛みが走る。
(……ほんと、ずるい笑顔。)
遥輝の胸の中では別の感情が芽生えていた。
ーーー
部活帰りの道。
咲良は遥輝の横を歩いていた。
「ねぇ遥輝。」
「ん?」
「陽芽のこと、好きだったりする?」
「は?」
遥輝の足が止まる。
「……やっぱり、図星か。」
「……」
「でも、遥輝。陽芽のこと、好きにならないようにしてるでしょ。」
「……なにそれ。」
「だって、遥太が好きだから。」
その一言に、
遥輝は息をのんだ。
「……お前、ほんと怖ぇな。全部見抜く。」
「昔から知ってるでしょ、あんたのこと。」
咲良の声は震えていた。
「……でも私、平気だから。
ちゃんと応援するよ。」
背中を向けた咲良の目には、
少しだけ涙がにじんでいた。

