病室のドアを閉めた瞬間、張り詰めていた緊張が足元から崩れ落ちそうになった。
小林先生に遭遇したりだとか、変な格好で歩いて見られていないだろうか。
「ただいま⋯⋯」
「おかえりなさい、佑介くん」
僕たちはまず、洗面台へ向かった。小林先生との約束、そしてこの平穏を一日でも長く続けるための最低限の義務。
石鹸を泡立て、丁寧に手洗いとうがいを済ませる。
鏡に映る自分の顔は、驚くほど青白く、目の下には深い隈が浮き出ていた。
「佑介くん、顔色が⋯⋯。すぐに休んだ方がいいよ」
蒼が心配そうに背中に手を添えてくれる。
その手の感触さえ、今は少しだけ遠く感じられた。
「大丈夫だよ。ちょっと、外の空気に当たりすぎて疲れちゃっただけ」
僕は嘘をついた。
実際には、視界の端が砂嵐のようにチラつき、心臓が不規則なリズムを刻んでいる。
パジャマに着替え、一日の汚れを落とすために手早くシャワーを浴びた。
浴室を出ると、部屋の明かりは既に落とされ、常夜灯の淡いオレンジ色が、綺麗に整頓されたベッドを照らしていた。
蒼は、今回はちゃんと僕が戻るのをじっと椅子に座って待っていてくれた。。
彼女は僕が貸したあの黒いモコモコのジャンバーを膝にかけ、まるで迷子を待つ母親のような、あるいは主人を待つ忠犬のような、純粋な眼差しをこちらに向けていた。
「お待たせ、蒼。⋯⋯疲れただろ」
「私は大丈夫だよ。佑介くんの方が、ずっと頑張ったもん」
彼女は立ち上がり、ゆっくりと僕に歩み寄った。
