夢幻に消えた君と、存在しない約束の続きを。



教室のドアを開けると、そこには既に朝の賑やかな熱気が満ちていた。

自分の席に向かおうとした僕の背中に、いきなり衝撃が走る。


​「おい佑介!おたおめ!」


鼓膜を震わせるような大きな声とともに、幸一が僕の肩に腕を回してきた。


「⋯⋯おたおめ、って?」


「なんだよ、お前自分の誕生日忘れてんのかよ!今日、誕生日だろ?」


幸一がニカッと白い歯を見せて笑う。
その隣では、既に椅子に座って参考書を開いていた奥寺島が、眼鏡のブリッジを押し上げながら控えめに手を挙げた。


「おはよう、佑介。誕生日おめでとう。⋯⋯忘れてたのか?」


「⋯⋯ああ、完全に」


自分の誕生日なんて、母さんが生きていた頃以来、あまり意識したことがなかった。

父さんも出張でいないし、今朝の書き置きにもそんなことは書いてなかったから。


「まったく、主役がこれじゃあな。ってことで、今日の放課後は決まりだ」


幸一が親指で外を指差す。


「誕プレ、何がいいか考えたんだけどさ。お前の一番好きなやつ、駅前のダイナーズでハンバーガー奢ってやるよ。もちろん、ダブルチーズのデカいやつな!」


「あ、ずるいぞ荒谷。僕も同じことを考えていたんだ。じゃあ佑介、僕からはサイドメニューとドリンクを奢らせて。セットでフルコースにしよう」


島が平然とした顔で付け加える。


​「⋯⋯二人とも、悪いな。ありがとう」


胸の奥が少しだけ、温かくなった気がした。


「三年の付き合いになる俺の彼女も「佑介くんにおめでとうって伝えといて!」って言ってたぜ。あーぁ、俺の誕生日の時もあいつ、可愛いメッセージカードくれたんだよなぁ⋯⋯」


さっそく始まった幸一の惚気話を、島が「はいはい、それはもういいから」と手慣れた様子で遮る。


「放課後、楽しみにしてるよ。今日は授業中、寝るなよ?」


島が冗談めかして笑う。


「⋯⋯善処するよ」


​二人の笑い声に包まれていると、朝の重苦しい気分が少しだけ晴れていくようだった。


けれど。
ふわりと見えない花びらが落ちたような気がして。


僕は鼻先をかすめた桜の香りを振り払うように、強くシャーペンを握りしめた。