夢幻に消えた君と、存在しない約束の続きを。



​「ねえ、佑介くん。これできるかな?」


​蒼がいたずらっぽく笑って、僕の正面に座り直した。
彼女は両手を差し出し、「せっせっせーの⋯⋯」と、お馴染みの手拍子を始める。


​「アルプス一万尺? さすがにそれは、僕だって幼稚園の時にやったよ」


​「ふふ、普通のとはちょっと違うよ。いくよ?」


​蒼の歌声が響く。最初は一万尺。

そこまでは順調だった。

けれど、二万尺、三万尺と進むにつれて、彼女の歌うスピードが異常なほど加速していく。


​「アルプス四万尺〜♪」


​「ちょ、四万尺!? 聞いたことないよ!」


文句を言いながらも、僕は自分の身体に起きた変化に息を呑んでいた。


蒼の手のひらが、僕の甲を叩き、次に肘を合わせ、さらには空中で複雑に指を絡める。
その超高速の、初見では到底不可能なはずの動きのすべてを、僕の右手と左手は吸い込まれるように完璧に捉えていた。

指先から、電気が走ったような熱が伝わった。


​「⋯⋯なんで。僕、なんでこんな難しいやつ、完璧にできるんだ?」


​「身体が、覚えてたんだよ」


​蒼は潤んだ瞳で僕の手を握りしめた。


僕の指先は、四万尺の速さも、触れ合う指の角度も、魂に刻まれたかのように鮮明に覚えていた。


​「どうして⋯⋯。やったことないはずなのに」


​「幼稚園のときにやったでしょ?」


「⋯⋯したような。してないような」


​蒼は僕の手を自分の頬に寄せ、愛おしそうに目を閉じた。
その不可解な繋がりに抗うことを諦め、僕は彼女の手を、壊れ物を扱うように優しく、けれど強く握り返していた。