スマートフォンをサイドテーブルに置く。
そのわずかな衝撃さえも、静まり返った個室の中では重低音のように響いた。
僕はベッドに深く身を沈め、窓の外を眺める。
雨脚はさらに強まる。
窓ガラスを叩く規則的な音。
「⋯⋯静かすぎるな」
自分の声が、白い壁に反射して虚しく消えていく。
ついさっきまで幸一の怒鳴り声や島の落ち着いた声が聞こえていたはずなのに、今ではそれが遠い過去だったかのように思える。
ふと、鼻腔をくすぐるものがあった。
雨の湿った匂いを切り裂いて、強引に主張してくる、あの春の香り。
それは以前よりも濃く、甘く、僕の神経を麻痺させるように漂い始めた。
「⋯⋯そこに、いるのか?」
誰もいないはずの空間に向かって、僕は独り言を漏らしていた。
小林先生は、僕の脳が見せている幻覚だと言った。
対象者を消さなければ、僕は日常には戻れないと言った。
「君が⋯⋯僕を呼んだのか?」
その問いに返ってくる言葉はない。
けれど、視界の隅で、本来あるはずのない光の粒子が蛍のように舞った気がした。
この孤独な個室へ僕を誘い込み、現実の友人たちから僕を奪った存在。
怒るべきなのに、なぜか僕の心は、その得体の知れない気配を待っていたような、安堵感に満たされていく。
僕は自分の意識が、少しずつこの白い部屋から、どこか別の場所へと滑り落ちていくのを感じていた。
