急に自由にしていいと言われても、何をすればいいのかわからず、私は戸惑いながらバスに揺られていた。
終点の停留所で降りる際、席を立とうとして、なぜか無意識に首元に手をやった。
「あれ……?マフラー、ない……?」
椅子の横、下。鞄の中を覗く。
「お客さん?」
運転手の声で、我に返った。
今は春で、マフラーなんて持っているはずもないのに。
なぜか青いチェックの、少しチクチクするような、でも暖かいウールの感触が指先に残っている気がして、私は自分の不可解な行動に首を傾げた。
バス停を降りると、桜並木が続いていた。
ソメイヨシノが舞い散る、夢のように美しい道。
「……この近く、来たことあったっけ」
既視感が全身を駆け巡る。
心臓の鼓動が速くなり、足が勝手に丘の上を目指していた。
近くのお店を探して、スマートフォンの画面を見る。
『近くのおしゃれなカフェ:桜の見えるテラスが人気』
なぜか、ここに行かなければならないと思った。
そこに行けば、夢の中のあの人に、顔のない誰かに会えるような気がしたから。
私は丘の上のカフェを目指して、早歩きで坂を登った。
冷たい淡雪の名残を含んだ風が、私の頬を撫でる。
私の心臓は、壊れてしまうのではないかと思うほど激しく跳ねていた。
