「運動会の横断幕を、学年で一つ作るので、クラスで一人、制作者を決めます。
誰か、やりたい人はいますか?」
やや投げやりな司会の人の言葉に、みんなスーッと視線を逸らす。
無論大半の人は、塾があるからだとか、放課後用事があるからとかじゃないよね。
……めんどくさいんだろうな。
大義のために働くなんて面倒……て考えが見え透いている。
亜良と美玖は、顔を見合わせている。
亜良は塾に行っているし、美玖はアルバイトしまくってるから。
ホントはやりたいんだろうな……顔に書いてあるし、やりたいオーラが溢れている。
なんでみんなやらないの、て感じだ。
「……はい、私やります」
亜良や美玖のことを考えてしまうと、自然とそう言ってしまっていた。
そして手を挙げる。 すごくやりたいってわけじゃないから、少し腕が曲がってるけど。
「わぁ、分かりましたっ。じゃあお願いします♪任せさせてもらいますねっ」
大喜びの司会さん。 それもそのはず、誰も手を挙げず苦悶の時間だったんだから。
司会さんからすれば、救世主って感じかも……そういうの柄じゃないんだけどな。
話が一通り済むと、一目散にこっちに駆け寄ってきた二人。
「麗癒、私にも手伝わせてね? 私だってやりたいの」
「あぁっ、亜良ちゃん抜け駆けです。私にもやらせてくださいっ……楽しそうですもん!」
「あはは、そうしてくれると嬉しいなっ……紗和くんとか史雨くんとか、夏空くんも来たし」
忙しくなりそうだもんなぁ……と息を吐いていると、亜良と美玖が目を丸くした。
「…………は? どうしたの麗癒……それ、全員男子じゃない。どういうこと?」
「私も気になります!! 男子三人……逆ハーじゃないですか!? 大丈夫ですかっ、麗癒ちゃん!」
私の発言に、血相を変えて飛びついてきた亜良と美玖。 なんだか積極的だっ……。
「―――……て感じかな」
「ななな、何で麗癒ちゃんの家に来ることになったんですかぁっ!?」
「それは私も気になる。どうしてなの?」
「それがねっ……聞けてないの……!!困るよね……でも、なんだか聞きにくくって……」
弱い私の退屈な話に、亜良ちゃんは微笑んだ。
「あぁ、まぁそれは分からなくもないかな。 聞けるといいわね」
「あああ亜良ちゃんはなんでそんなに冷静なんですかぁっ!?」
「ほら美玖落ち着いて、気持ちは分かるけど仕方ないんだから」
どうどうどうどうと美玖を抑えつける亜良。 美玖はますます興奮している。
「これが落ち着いてられますかっ! た、例えばですけど。
男子達が麗癒ちゃんを運命の相手だって言って取り合うとか、無くもないですよねっ」
「またまたそんなこと……あるわけないじゃんっ」
普段と打って変わって熱烈な美玖の言葉に、手をひらひらと振ってみせた。
あの三人が運命の相手って言うとことか、想像つかないもん。
硬派そうな紗和くん、ユルッとした史雨くん、いじわるな夏空くん。
みんな、これでもかってくらい恋愛に興味なさそうだもん。
「へぇ……な、なら良いですけどぉっ……。ま、また私達にも紹介してくださいねっ?
麗癒ちゃんが褒めるレベルのビジュの良さ、私も見てみたいです」
「うーん……また機会があればね……」
横断幕を作らなきゃならないし、なによりまだ荷解きも途中だからな……。
「分かりましたぁっ……!! お手伝いもしたいですし、時間がある時、またお家に行きますねっ」
「美玖ってば……私も、予定が空いたら行かせてもらうわね?」
「もちろんっ!!」
そう言って席につけば、二人もそれに倣って椅子を引いた。
「ほら座れー……って、北村達、もう座ってたのか?珍しいこともあるもんだなぁ……」
首を傾げた先生に、三人で顔を見合わせて、いたずらっぽく微笑みあった。
(や・っ・た・ね)
口パクでそう伝えると、亜良達は、片眉を上げて笑ってみせた。
「たっだいまぁーっ!! って、ごめんね……これから帰るの一時間くらい遅くなる……!」
扉を開けるなりそう言って手を合わせた私を、
クッキーを頬張る史雨くんと、お腹を出して寝っ転がっている夏空くんが見つめた。
「……はれ、麗癒ちゃんもそーなの?」
「麗癒ちゃんも……って?」
「紗和兄も遅くなるらしいからな」
「紗和くんも……? 私は、横断幕の制作者になったんだけど……」
「横断幕……? 麗癒ちゃんって、そういうの好きなの? それとも、指名されたとか?」
史雨くんに尋ねられ、慌てて誤解を解く。
「あ、えっと……自分で手挙げたの。クラスでやりたい人がいなかったから、それで……」
「は? 自分で手挙げたってこと? お人好しすぎるでしょ……」
「お、お人好し……? そんなことないもん……っ!!」
「僕も、麗癒ちゃんがお人好しって意見に賛成かな。それで手を挙げる人はそういないよ」
「えぇっ……」
私は困ったように眉尻を下げた。
そんなことないよっ……と言おうとしたけど、
クラスで誰も手を挙げていなかったのは事実だし……。



