蒼士と春斗が向かい合った朝から、
柚李の胸の奥はずっとざわざわしていた。
授業を受けていても、文字がまったく頭に入らない。
――もう、どちらも傷つけたくない。
そう思っているのに、
結局いちばん傷ついているのは、自分だった。
放課後。
委員会室に荷物を取りに戻ると、
静まり返った部屋に蒼士の姿があった。
「……話、いい?」
蒼士の声はいつもより低くて、
どこか覚悟めいていて胸がざわつく。
「今日の朝のことだけど」
名前を呼ばれただけで、
心が揺れてしまう自分が、ほんとうに情けない。
「春斗、優しいよな」
ぽつりと蒼士が言った。
「柚李のこと……すごく大事にしてる」
胸の奥が痛む。
春斗の優しさも、蒼士の強さも、ずるいほど真っ直ぐで。
「俺さ」
蒼士は机の角に指を添え、
ゆっくり息を吐いた。
「柚李に“好き”って言ってもらいたいって思ってた」
心臓が止まりそうになった。
「でも……違うんだよな。たぶん」
その言葉は予想していたのに、
痛みの鋭さは、予想以上だった。
「気持ちをぶつけたら、誰かが泣く。それくらい俺もわかってる」
蒼士は笑った。
ひどく弱々しい笑顔だった。
「だから——距離を置くよ」
その瞬間、空気が消えるようだった。
「え……」
言葉が喉でつかえた。
呼吸が浅くなる。
「離れたいわけじゃない。離れたくなんかないよ」
「でも、柚李の心を追い詰めてまで好きでいるのは……違うと思った」
蒼士の言葉は静かで、逃げ道がなくて。
優しさと諦めが同じ量だけ混ざっていた。
「大人だからさ、俺」
それは、
“俺たちは同じ場所にはいられない”
という宣告のように聞こえた。
涙があふれそうになり、視線を落とす。
蒼士はもう近づいてこなかった。
触れようともしなかった。
それがいちばん、痛かった。
「柚李、幸せになれよ」
最後にそう言って、蒼士は部屋を出て行った。
ドアの閉まる音が、やけに大きく感じた。
それが、
二人の関係が終わった音に聞こえてしまうほどに。
***
校門までの帰り道。
春斗が後ろから追いついてきた。
「大丈夫?」
その声はいつもの春斗の優しさだった。
蒼士と違って、あたたかい。
でも、春斗の優しさも今の柚李には、胸に刺さる。
「柚李、泣いてる……よな」
涙を拭う余裕もなかった。
正直、誰にも見られたくなかったのに、
春斗は気づいてしまう。
「……柚李はさ」
春斗は俯く柚李を横目で見ながら、
小さく息を吸った。
「先輩に、ちゃんと恋してたんだな」
その言葉に、涙がまたあふれた。
「無理に笑わなくていいよ。俺はただ……味方でいたいだけだから」
春斗の声は震えていた。
自分の恋心を押しつぶして、
柚李を守ろうとしている。
あまりにも優しすぎて、胸が潰れてしまいそうだった。
「春斗……」
初めて、名前を呼ぶ声が涙で揺れた。
彼は少しだけ笑った。
痛いほど優しい笑顔だった。
「いつかさ」
春斗は続けた。
「“あの日を思い出しても痛くない”って思える日が来るよ。柚李なら」
その言葉もまた、ずるいほどやさしい。
「俺は……その日まで、ここにいるから」
柚李はうつむいて涙を零した。
春斗の靴のつま先にぽつん、と落ちる。
蒼士の痛い恋も、
春斗の優しい恋も、
どちらも報われないまま、夜が静かに降りていった。
この恋はきっと――
ここで終わる。
でも、柚李の心は、
まるでまだ手放す準備ができていないみたいに、
痛いままで止まっていた。
柚李の胸の奥はずっとざわざわしていた。
授業を受けていても、文字がまったく頭に入らない。
――もう、どちらも傷つけたくない。
そう思っているのに、
結局いちばん傷ついているのは、自分だった。
放課後。
委員会室に荷物を取りに戻ると、
静まり返った部屋に蒼士の姿があった。
「……話、いい?」
蒼士の声はいつもより低くて、
どこか覚悟めいていて胸がざわつく。
「今日の朝のことだけど」
名前を呼ばれただけで、
心が揺れてしまう自分が、ほんとうに情けない。
「春斗、優しいよな」
ぽつりと蒼士が言った。
「柚李のこと……すごく大事にしてる」
胸の奥が痛む。
春斗の優しさも、蒼士の強さも、ずるいほど真っ直ぐで。
「俺さ」
蒼士は机の角に指を添え、
ゆっくり息を吐いた。
「柚李に“好き”って言ってもらいたいって思ってた」
心臓が止まりそうになった。
「でも……違うんだよな。たぶん」
その言葉は予想していたのに、
痛みの鋭さは、予想以上だった。
「気持ちをぶつけたら、誰かが泣く。それくらい俺もわかってる」
蒼士は笑った。
ひどく弱々しい笑顔だった。
「だから——距離を置くよ」
その瞬間、空気が消えるようだった。
「え……」
言葉が喉でつかえた。
呼吸が浅くなる。
「離れたいわけじゃない。離れたくなんかないよ」
「でも、柚李の心を追い詰めてまで好きでいるのは……違うと思った」
蒼士の言葉は静かで、逃げ道がなくて。
優しさと諦めが同じ量だけ混ざっていた。
「大人だからさ、俺」
それは、
“俺たちは同じ場所にはいられない”
という宣告のように聞こえた。
涙があふれそうになり、視線を落とす。
蒼士はもう近づいてこなかった。
触れようともしなかった。
それがいちばん、痛かった。
「柚李、幸せになれよ」
最後にそう言って、蒼士は部屋を出て行った。
ドアの閉まる音が、やけに大きく感じた。
それが、
二人の関係が終わった音に聞こえてしまうほどに。
***
校門までの帰り道。
春斗が後ろから追いついてきた。
「大丈夫?」
その声はいつもの春斗の優しさだった。
蒼士と違って、あたたかい。
でも、春斗の優しさも今の柚李には、胸に刺さる。
「柚李、泣いてる……よな」
涙を拭う余裕もなかった。
正直、誰にも見られたくなかったのに、
春斗は気づいてしまう。
「……柚李はさ」
春斗は俯く柚李を横目で見ながら、
小さく息を吸った。
「先輩に、ちゃんと恋してたんだな」
その言葉に、涙がまたあふれた。
「無理に笑わなくていいよ。俺はただ……味方でいたいだけだから」
春斗の声は震えていた。
自分の恋心を押しつぶして、
柚李を守ろうとしている。
あまりにも優しすぎて、胸が潰れてしまいそうだった。
「春斗……」
初めて、名前を呼ぶ声が涙で揺れた。
彼は少しだけ笑った。
痛いほど優しい笑顔だった。
「いつかさ」
春斗は続けた。
「“あの日を思い出しても痛くない”って思える日が来るよ。柚李なら」
その言葉もまた、ずるいほどやさしい。
「俺は……その日まで、ここにいるから」
柚李はうつむいて涙を零した。
春斗の靴のつま先にぽつん、と落ちる。
蒼士の痛い恋も、
春斗の優しい恋も、
どちらも報われないまま、夜が静かに降りていった。
この恋はきっと――
ここで終わる。
でも、柚李の心は、
まるでまだ手放す準備ができていないみたいに、
痛いままで止まっていた。


