「あ、あの……?」
自分から声をかけたけれど、困惑した。
目の前にいるのは米田さんだと思ったけれど、よく見ると、制服が違うし、顔も少し違う気がしてくる。
「ひと間違いをしました」
と、頭を下げると、彼女は少し悲しそうにこう言った。
「妹と間違えた?」
「えっ?」
「あなた、中学生でしょ? 妹も中学生なの。今はどこかへ行っちゃったけど」
「! じゃあ、米田さんのお姉さん……?」
「そう。米田 麻衣の姉の、亜希です。高校一年生。えっと、あなたは?」
「あの、麻衣さんと同じクラスの時田 史花です」
亜希さんが「ちょっと歩きながら話さない?」と言い、帰る方向が途中まで同じなので、私達は並んで歩く。
「史花ちゃん、もしかして妹の手紙を預かってない?」
と、ふいに亜希さんが言った。
ドキッとした。
罪悪感がぶわっと全身の汗となって、じんわり出てきたみたい。
「も、持っています……。あ、あの、ちゃんと渡せてなくて……」
しどろもどろになりつつ謝ろうとすると、
「あぁ、いいの! そんなの、謝ることじゃない」
と、亜希さんは笑顔を見せた。
「麻衣にもやめとけって言ったの。そんなのフェアじゃないし、誰も良い気持ちにならないって」
「……」
「でもあの子、龍樹くんって子がすごく好きだったみたいでね、止めても聞かないの」
「……そう、だったんですか」
「うん。こっちこそごめんね、史花ちゃんも悩んだよね? それで、私からのお願いがあるんだ」
「何ですか?」
亜希さんは立ち止まって、私を見つめた。
そして、
「麻衣の手紙、私に渡してほしい」
と、言った。
「えっ? でも……」
私も立ち止まり、亜希さんを見ていると、次第に彼女の目に涙があふれてきた。
「麻衣がまた消えちゃって……。なぜかもう帰って来ない気がするの」
「……」
「あの子は意地悪なところもあったけれど、明るくて楽しくて可愛い、私には大切な妹だった。だから、お願い。あの手紙、麻衣の気持ちが入ったものを、私にちょうだい」
私は亜希さんに近づき、
「わかりました。絶対に手紙、亜希さんに渡します」
と、約束した。
これから予定があるらしい亜希さんと、連絡先だけ交換をして、後日改めて会って手紙を渡すこととなった。
私は家に帰り、お母さんにカセットプレイヤーがないか尋ねると、お父さんの部屋からラジオも聴けるプレイヤーを持って来てくれた。
「ラジカセなんかどうするの? 史花、カセットテープなんか持ってたっけ?」
「うーん、人から借りて。ね、これってイヤホン付ける所どこ?」
「え? あ、ここだと思う」
お礼を言って自室にプレイヤーを持って行き、私はカセットテープをセットした。
(聴くしかない)
ひとりきりで怖いけれど、世奈や龍樹を助けることが出来るのは、私だけ。
(私はこれからもふたりと一緒にいたい)
ウジウジするなって言われた。
言葉に責任を持ってないって言われた。
……正直言って傷ついたけれど。
(あんなふうに言うのは、これからも一緒にいてくれるつもりがあるからだって、私にはわかるから)
私はイヤホンを耳にセットして、再生ボタンを押した。
カセットテープはレア放送で流れた続きからの再生だった。
与太郎が顔を食べられ、女が墓を掘りつつ過去の告白をし、与太郎になりすました子ども達に八五郎達が気づき、和尚さんがこう言う。
『その与太郎さんとやらは、きっともうこの世にいないと、わしは思う。妖怪に顔を奪われ、なりすまされておる』
私は手に汗を感じながら、続きを聴く。
『……そんな……。……あんた達、お面をつけて林へ行きなさい。林まで行くと、妖怪はきっと現れる。決してお面を外してはならん。顔を奪われ、死んでしまうぞ。……ひえぇ、恐ろしい!……林まで来たらその妖怪に二つ重ねてお面をつけるんじゃ。よいな、二つ重ねるんじゃよ。そうすると妖怪は大人しくなる。顔を隠され、安心するんじゃ』
貴子さんの棒読みをメモを取りながら聴く。
(二つのお面を、重ねてつけると大人しくなる……!)
『……大人しくなったら、それで一件落着なんだな? ……いや、まだじゃ。……和尚さんは険しい表情でこう続けた』
(うぅ、聴くのが怖い……)
『妖怪が大人しくなったら、重ねたお面の内一つでいい、剥ぎ取れ。妖怪は顔を奪われたと勘違いして、死んでいくはずじゃ。良いな、必ず一つだけを剥ぎ取るんじゃぞ。全て剥ぎ取り、妖怪の顔を晒したら、あんた達の命は終わる』
(重ねてつけたお面の内、一つだけ……。全部剥ぎ取ったら、きっと太郎達に私の顔を奪われてしまうんだ)
『八五郎と熊五郎はごくりと生唾を飲み込んで、林へ向かった。お面をつけて薄暗い林に着くと、熊五郎は出てきた妖怪を羽交締めにし、八五郎が妖怪に二つのお面をつける』
(……っ!)
『与太郎の仇、きっちりとらせてもらうぜ。……八五郎は二つ重ねたお面の内の一つを勢いよく剥ぎ取った。すると妖怪は……ぎゃああああっ……と叫び、顔を両手でおさえてうずくまったかと思うと、煙のように消えてしまった』
(た、退治した!! 退治する方法はコレなんだ!!)
『や、やった!!……妖怪を退治したぞ!!……ふたりは喜び、お面を外して笑顔になった。しかしその背後から、……どうしたんだい?……と、声がした』
(えっ!?)
『その声は与太郎そのものの声で、驚き振り向くと、与太郎の顔をした子どもがふたり、ニヤニヤして立っていた』
(そんな……!!)
『よだれを垂らして、それを拭くこともせず』
そこでこの落語が終わったのか、テープは静かになった。
私は震える指で停止ボタンを押す。
「妖怪は三人いる」
そうだ、太郎達だって三人いるじゃない。
太郎、ヤエ子、次郎。
山崎くんだけがなりすまされている訳じゃないと、思っていたけれど。
山崎くん、米田さんの他にもなりまされている人がいるってこと……。
失踪して帰ってきた人の三人目。
「……それは、間渕くん……」
間渕くんはずっと学校には来ていない。
ずっと家にいたのかもしれない。
でも米田さんみたいに、また失踪している可能性だってある。
「お面はニセットずつ、三人分。それと私の分。でもお面なんてすぐに用意できない……」
……そうか。
だから、世奈のお父さんは顔を隠す用に、タオルを持って林へ行ったのか。
私は弟の部屋に向かった。
「ねぇ、お祭りの時に買ってたキツネのお面、私にちょうだい」
と言うと、弟は「いいよ」と、簡単に譲ってくれた。
これで私の顔を隠すものは用意できた。
目の位置に穴が空いているから、動きやすいし、助かる。
退治に使うのはタオルでいい。
私は自室に戻ってタオルを六枚用意し、急ぎ足で家を出た。
林までの道のりは永遠のように長くも、一瞬のように短くも思えた。
辺りはすっかり夜。
林に辿り着き、私はお面をつける。
(これで私の呪いは完全になった……)
恐怖から体が震える。
出来ることなら、戦いたくない。
家に帰って、日常の中を暮らしたい。
(だけど、やらなくちゃ)
私が二人を助ける!
「……どうしたの?」
声がした。
風がさぁぁっとかけていく。
暗い林の中から、ひとり現れたのは紛れもなく山崎くん本人だった。
「山崎くん!」
「もうその名前の者じゃないって、気づいているんだろう?」
「……っ!」
「お前は、あの声を聴いたんだな?」
「あ、あの声って?」
「……名前なんか知らない。オレ達の話を声に出して読んでいた奴だよ。オレ達を呼び覚ました……。おかげで妖怪になってしまったけれど、オレ達の目的を忘れないでいられる。でもあの声も作者も、おっかぁの墓のありかは知らなかった。そんな奴に用はない」
山崎くんはそう言って、ニタニタ笑っている。
「山崎くん」
「オレの名前は、太郎だ」
「……太郎さん、タツ子さんのお墓の場所を知って、どうするの?」
「おっかぁの顔がなくなった。おっとうに削られて、なくなった。だから、新しい顔をあげるんだ」
「えっ?」
「オレ達が用意するんだよ。新しい顔を用意しておっかぁに渡せたら、きっとおっかぁはまたオレ達と一緒にいてくれる!!」
「……!!」
ゾッとした。
吐き気がしてくる。
「じゃ、じゃあ、あの時。掃除当番の日、クラスの人達を林に連れて行ったのは……」
「おっかぁの顔に合う顔を探していたから。でも一番良さそうな顔は、ヤエ子にとられた」
「えっ?」
「美人だったから、おっかぁの顔になればいいと思ったのに、ヤエ子が意地悪してとった。何食わぬ顔をして、ヤエ子が食べた……」
「……そ、それが米田さん……」
太郎はまるで小さな子どもが頷くように、こっくんと大きく頷いた。
(ダメだ、このままだと世奈も龍樹も危ない。早く退治しないと)
だけど、どうやって?
手に持っているタオルに汗がにじむ。
顔に二枚重ねてタオルを巻いて、一枚だけ剥ぎ取る。
それだけのことが、ものすごく困難なことのように思えてしまう。
その時、
「兄ちゃんだけ、おしゃべりずるいぞ!!」
と、もうひとり近づいてきた。
眉間にシワを寄せて、見るからに不機嫌そうな彼は、やはり間渕くんだった。
「次郎」
と、太郎が間渕くんを呼ぶ。
「あっちに行ってろって。お前はまだ小さいんだから」
その言葉を聞いて、私の背筋が凍った。
確か間渕くんは龍樹くらいの身長があったはず。
百七十センチくらい。
だけど今、目の前にいる間渕くんの顔をした彼は、百六十センチの私よりも小さい。
百五十センチくらいの身長に思える。
まだ細い、子どもの体だった。
(間渕くんじゃない……)
次郎に顔を奪われたんだ。
「こいつも知っているんだろう?」
と、次郎は私を指差した。
「作者の娘が言ってたもん。兄ちゃん、早くおっかぁの墓のありかを聞き出してよ」
「まぁ、待てって。今、連れて行くつもりだったんだよ」
「遅いよぅ! 早くおっかぁに会いたいんだもん!!」
今にも泣き出しそうな次郎の頭を、太郎はなだめるように撫でている。
「世奈は、……作者の娘は、どうしているの?」
私の質問に太郎が答える。
「おっかぁの墓のありかは、三人一緒じゃないと答えられないって言って、林の奥でお前を待っているよ」
「!!」
(ということは、世奈も龍樹も無事でいてくれたんだ!!)
三人一緒。
その言葉に、心の中からぽかぽかしたものが広がった。
(そうだよ、私達は三人一緒。今までも、これからも!!)
「早く来いよ!! もう待ちくたびれたんだ!!」
と、次郎に怒られて、私は林の奥に向かった。
ずっと奥を進み、畑 太助のお墓のところまでやって来た。
太郎と次郎は太助のお墓を冷たい目でチラッと見たけれど、手を合わせることもなく、
「ヤエ子〜!!」
と、大声を出した。
すると、米田さんの顔をしたヤエ子が出てきた。
意地悪そうにニヤリと笑って、
「その鈍臭そうな奴、お墓のありかを知っている奴?」
と、言った。
「そうだよ。あの二人は?」
太郎が返事をすると、
「いるよ、そこらへんに。ねぇ、早く聞き出して、おっかぁに会おうよぅ」
と、不満げな顔をする。
「おっかぁに会って、一番に話すのはオレだからな!」
「次郎はわかってないね。あんたなんか最後でいいんだよ。私が一番に話す。女同士だもの、話したいことばかりなんだから」
「姉ちゃんが最後でいいじゃないか! なんでオレが最後なんだよ!」
ヤエ子と次郎がケンカし始めた。
ケンカ内容が、子供っぽい。
その時、少し遠くからこちらへ歩いて近づいてくる人影二つを見た。
目をこらさなくても、わかる。
世奈と龍樹だ。
「……史花?」
「史花なのか?」
二人とも、顔を隠していた。
世奈は薄手のタオル。
龍樹はUV対策用の黒いサンバイザーで顔を覆っている。
「二人とも、無事で良かった!!」
「結局、巻き込んでごめんね」
と、世奈が謝る。
「何言ってるの、私達で解決しようって言ってたじゃん」
「……史花、オレもごめん。世奈がいなくて焦って、不安から史花に嫌なこと言った」
龍樹が少ししょんぼりして見える。
「大丈夫だよ。私もごめん」
「なんで史花が謝るんだよ」
「手紙のこと。嫌な思いさせてごめん」
「そんなの、もういいよ」と龍樹が言って、「母さんのサンバイザーを、あの夜、玄関で見つけたからお面代わりに付けたけど、視界の暗さにまだ慣れないから、史花の表情も見えにくい」
と、龍樹がサンバイザーの下で笑った。
「私も鞄に入ってたタオルだけ持ってここに来て、それで顔を隠してるから、悪いけど私、二人の足元しか見えてないんだよね」
世奈の言葉に、私も龍樹も「あはっ」と笑ってしまった。
(好きだな)
と、心から思った。
私はこの二人のことが、本当に大切で、大好きだ。
やっぱり三人でいると、楽しいし落ち着く。
例えこんな状況であっても。
「……楽しくおしゃべりしているところ悪いけどさ、おっかぁの墓のありかをそろそろ教えてよ」
太郎がそう言って、私達を順番に見た。
「その前に、二人と話させて」
と、私。
「もうすっかり話しただろう?」
「ちゃんと確認しておかないと、タツ子さんのお墓のありかを話せないから」
「そうなのか?」
太郎は顔をぽりぽり掻いている。
「しばらく三人にして」
「そんなことを言って、相談して逃げるつもりでしょう?」
と、ヤエ子。
「逃げられるとは思ってないから。お願い、話させて」
私の言葉に、太郎達は顔を見合わせて、「少しだけだぞ」と言い残し、太助のお墓の周りに座った。
その場から少し離れ三人になり、
「退治の方法を伝えるから」
と、私は小声で伝えた。
二人は退治の方法を知ると、黙って力強く頷いた。
……やるしか、ない。
自分から声をかけたけれど、困惑した。
目の前にいるのは米田さんだと思ったけれど、よく見ると、制服が違うし、顔も少し違う気がしてくる。
「ひと間違いをしました」
と、頭を下げると、彼女は少し悲しそうにこう言った。
「妹と間違えた?」
「えっ?」
「あなた、中学生でしょ? 妹も中学生なの。今はどこかへ行っちゃったけど」
「! じゃあ、米田さんのお姉さん……?」
「そう。米田 麻衣の姉の、亜希です。高校一年生。えっと、あなたは?」
「あの、麻衣さんと同じクラスの時田 史花です」
亜希さんが「ちょっと歩きながら話さない?」と言い、帰る方向が途中まで同じなので、私達は並んで歩く。
「史花ちゃん、もしかして妹の手紙を預かってない?」
と、ふいに亜希さんが言った。
ドキッとした。
罪悪感がぶわっと全身の汗となって、じんわり出てきたみたい。
「も、持っています……。あ、あの、ちゃんと渡せてなくて……」
しどろもどろになりつつ謝ろうとすると、
「あぁ、いいの! そんなの、謝ることじゃない」
と、亜希さんは笑顔を見せた。
「麻衣にもやめとけって言ったの。そんなのフェアじゃないし、誰も良い気持ちにならないって」
「……」
「でもあの子、龍樹くんって子がすごく好きだったみたいでね、止めても聞かないの」
「……そう、だったんですか」
「うん。こっちこそごめんね、史花ちゃんも悩んだよね? それで、私からのお願いがあるんだ」
「何ですか?」
亜希さんは立ち止まって、私を見つめた。
そして、
「麻衣の手紙、私に渡してほしい」
と、言った。
「えっ? でも……」
私も立ち止まり、亜希さんを見ていると、次第に彼女の目に涙があふれてきた。
「麻衣がまた消えちゃって……。なぜかもう帰って来ない気がするの」
「……」
「あの子は意地悪なところもあったけれど、明るくて楽しくて可愛い、私には大切な妹だった。だから、お願い。あの手紙、麻衣の気持ちが入ったものを、私にちょうだい」
私は亜希さんに近づき、
「わかりました。絶対に手紙、亜希さんに渡します」
と、約束した。
これから予定があるらしい亜希さんと、連絡先だけ交換をして、後日改めて会って手紙を渡すこととなった。
私は家に帰り、お母さんにカセットプレイヤーがないか尋ねると、お父さんの部屋からラジオも聴けるプレイヤーを持って来てくれた。
「ラジカセなんかどうするの? 史花、カセットテープなんか持ってたっけ?」
「うーん、人から借りて。ね、これってイヤホン付ける所どこ?」
「え? あ、ここだと思う」
お礼を言って自室にプレイヤーを持って行き、私はカセットテープをセットした。
(聴くしかない)
ひとりきりで怖いけれど、世奈や龍樹を助けることが出来るのは、私だけ。
(私はこれからもふたりと一緒にいたい)
ウジウジするなって言われた。
言葉に責任を持ってないって言われた。
……正直言って傷ついたけれど。
(あんなふうに言うのは、これからも一緒にいてくれるつもりがあるからだって、私にはわかるから)
私はイヤホンを耳にセットして、再生ボタンを押した。
カセットテープはレア放送で流れた続きからの再生だった。
与太郎が顔を食べられ、女が墓を掘りつつ過去の告白をし、与太郎になりすました子ども達に八五郎達が気づき、和尚さんがこう言う。
『その与太郎さんとやらは、きっともうこの世にいないと、わしは思う。妖怪に顔を奪われ、なりすまされておる』
私は手に汗を感じながら、続きを聴く。
『……そんな……。……あんた達、お面をつけて林へ行きなさい。林まで行くと、妖怪はきっと現れる。決してお面を外してはならん。顔を奪われ、死んでしまうぞ。……ひえぇ、恐ろしい!……林まで来たらその妖怪に二つ重ねてお面をつけるんじゃ。よいな、二つ重ねるんじゃよ。そうすると妖怪は大人しくなる。顔を隠され、安心するんじゃ』
貴子さんの棒読みをメモを取りながら聴く。
(二つのお面を、重ねてつけると大人しくなる……!)
『……大人しくなったら、それで一件落着なんだな? ……いや、まだじゃ。……和尚さんは険しい表情でこう続けた』
(うぅ、聴くのが怖い……)
『妖怪が大人しくなったら、重ねたお面の内一つでいい、剥ぎ取れ。妖怪は顔を奪われたと勘違いして、死んでいくはずじゃ。良いな、必ず一つだけを剥ぎ取るんじゃぞ。全て剥ぎ取り、妖怪の顔を晒したら、あんた達の命は終わる』
(重ねてつけたお面の内、一つだけ……。全部剥ぎ取ったら、きっと太郎達に私の顔を奪われてしまうんだ)
『八五郎と熊五郎はごくりと生唾を飲み込んで、林へ向かった。お面をつけて薄暗い林に着くと、熊五郎は出てきた妖怪を羽交締めにし、八五郎が妖怪に二つのお面をつける』
(……っ!)
『与太郎の仇、きっちりとらせてもらうぜ。……八五郎は二つ重ねたお面の内の一つを勢いよく剥ぎ取った。すると妖怪は……ぎゃああああっ……と叫び、顔を両手でおさえてうずくまったかと思うと、煙のように消えてしまった』
(た、退治した!! 退治する方法はコレなんだ!!)
『や、やった!!……妖怪を退治したぞ!!……ふたりは喜び、お面を外して笑顔になった。しかしその背後から、……どうしたんだい?……と、声がした』
(えっ!?)
『その声は与太郎そのものの声で、驚き振り向くと、与太郎の顔をした子どもがふたり、ニヤニヤして立っていた』
(そんな……!!)
『よだれを垂らして、それを拭くこともせず』
そこでこの落語が終わったのか、テープは静かになった。
私は震える指で停止ボタンを押す。
「妖怪は三人いる」
そうだ、太郎達だって三人いるじゃない。
太郎、ヤエ子、次郎。
山崎くんだけがなりすまされている訳じゃないと、思っていたけれど。
山崎くん、米田さんの他にもなりまされている人がいるってこと……。
失踪して帰ってきた人の三人目。
「……それは、間渕くん……」
間渕くんはずっと学校には来ていない。
ずっと家にいたのかもしれない。
でも米田さんみたいに、また失踪している可能性だってある。
「お面はニセットずつ、三人分。それと私の分。でもお面なんてすぐに用意できない……」
……そうか。
だから、世奈のお父さんは顔を隠す用に、タオルを持って林へ行ったのか。
私は弟の部屋に向かった。
「ねぇ、お祭りの時に買ってたキツネのお面、私にちょうだい」
と言うと、弟は「いいよ」と、簡単に譲ってくれた。
これで私の顔を隠すものは用意できた。
目の位置に穴が空いているから、動きやすいし、助かる。
退治に使うのはタオルでいい。
私は自室に戻ってタオルを六枚用意し、急ぎ足で家を出た。
林までの道のりは永遠のように長くも、一瞬のように短くも思えた。
辺りはすっかり夜。
林に辿り着き、私はお面をつける。
(これで私の呪いは完全になった……)
恐怖から体が震える。
出来ることなら、戦いたくない。
家に帰って、日常の中を暮らしたい。
(だけど、やらなくちゃ)
私が二人を助ける!
「……どうしたの?」
声がした。
風がさぁぁっとかけていく。
暗い林の中から、ひとり現れたのは紛れもなく山崎くん本人だった。
「山崎くん!」
「もうその名前の者じゃないって、気づいているんだろう?」
「……っ!」
「お前は、あの声を聴いたんだな?」
「あ、あの声って?」
「……名前なんか知らない。オレ達の話を声に出して読んでいた奴だよ。オレ達を呼び覚ました……。おかげで妖怪になってしまったけれど、オレ達の目的を忘れないでいられる。でもあの声も作者も、おっかぁの墓のありかは知らなかった。そんな奴に用はない」
山崎くんはそう言って、ニタニタ笑っている。
「山崎くん」
「オレの名前は、太郎だ」
「……太郎さん、タツ子さんのお墓の場所を知って、どうするの?」
「おっかぁの顔がなくなった。おっとうに削られて、なくなった。だから、新しい顔をあげるんだ」
「えっ?」
「オレ達が用意するんだよ。新しい顔を用意しておっかぁに渡せたら、きっとおっかぁはまたオレ達と一緒にいてくれる!!」
「……!!」
ゾッとした。
吐き気がしてくる。
「じゃ、じゃあ、あの時。掃除当番の日、クラスの人達を林に連れて行ったのは……」
「おっかぁの顔に合う顔を探していたから。でも一番良さそうな顔は、ヤエ子にとられた」
「えっ?」
「美人だったから、おっかぁの顔になればいいと思ったのに、ヤエ子が意地悪してとった。何食わぬ顔をして、ヤエ子が食べた……」
「……そ、それが米田さん……」
太郎はまるで小さな子どもが頷くように、こっくんと大きく頷いた。
(ダメだ、このままだと世奈も龍樹も危ない。早く退治しないと)
だけど、どうやって?
手に持っているタオルに汗がにじむ。
顔に二枚重ねてタオルを巻いて、一枚だけ剥ぎ取る。
それだけのことが、ものすごく困難なことのように思えてしまう。
その時、
「兄ちゃんだけ、おしゃべりずるいぞ!!」
と、もうひとり近づいてきた。
眉間にシワを寄せて、見るからに不機嫌そうな彼は、やはり間渕くんだった。
「次郎」
と、太郎が間渕くんを呼ぶ。
「あっちに行ってろって。お前はまだ小さいんだから」
その言葉を聞いて、私の背筋が凍った。
確か間渕くんは龍樹くらいの身長があったはず。
百七十センチくらい。
だけど今、目の前にいる間渕くんの顔をした彼は、百六十センチの私よりも小さい。
百五十センチくらいの身長に思える。
まだ細い、子どもの体だった。
(間渕くんじゃない……)
次郎に顔を奪われたんだ。
「こいつも知っているんだろう?」
と、次郎は私を指差した。
「作者の娘が言ってたもん。兄ちゃん、早くおっかぁの墓のありかを聞き出してよ」
「まぁ、待てって。今、連れて行くつもりだったんだよ」
「遅いよぅ! 早くおっかぁに会いたいんだもん!!」
今にも泣き出しそうな次郎の頭を、太郎はなだめるように撫でている。
「世奈は、……作者の娘は、どうしているの?」
私の質問に太郎が答える。
「おっかぁの墓のありかは、三人一緒じゃないと答えられないって言って、林の奥でお前を待っているよ」
「!!」
(ということは、世奈も龍樹も無事でいてくれたんだ!!)
三人一緒。
その言葉に、心の中からぽかぽかしたものが広がった。
(そうだよ、私達は三人一緒。今までも、これからも!!)
「早く来いよ!! もう待ちくたびれたんだ!!」
と、次郎に怒られて、私は林の奥に向かった。
ずっと奥を進み、畑 太助のお墓のところまでやって来た。
太郎と次郎は太助のお墓を冷たい目でチラッと見たけれど、手を合わせることもなく、
「ヤエ子〜!!」
と、大声を出した。
すると、米田さんの顔をしたヤエ子が出てきた。
意地悪そうにニヤリと笑って、
「その鈍臭そうな奴、お墓のありかを知っている奴?」
と、言った。
「そうだよ。あの二人は?」
太郎が返事をすると、
「いるよ、そこらへんに。ねぇ、早く聞き出して、おっかぁに会おうよぅ」
と、不満げな顔をする。
「おっかぁに会って、一番に話すのはオレだからな!」
「次郎はわかってないね。あんたなんか最後でいいんだよ。私が一番に話す。女同士だもの、話したいことばかりなんだから」
「姉ちゃんが最後でいいじゃないか! なんでオレが最後なんだよ!」
ヤエ子と次郎がケンカし始めた。
ケンカ内容が、子供っぽい。
その時、少し遠くからこちらへ歩いて近づいてくる人影二つを見た。
目をこらさなくても、わかる。
世奈と龍樹だ。
「……史花?」
「史花なのか?」
二人とも、顔を隠していた。
世奈は薄手のタオル。
龍樹はUV対策用の黒いサンバイザーで顔を覆っている。
「二人とも、無事で良かった!!」
「結局、巻き込んでごめんね」
と、世奈が謝る。
「何言ってるの、私達で解決しようって言ってたじゃん」
「……史花、オレもごめん。世奈がいなくて焦って、不安から史花に嫌なこと言った」
龍樹が少ししょんぼりして見える。
「大丈夫だよ。私もごめん」
「なんで史花が謝るんだよ」
「手紙のこと。嫌な思いさせてごめん」
「そんなの、もういいよ」と龍樹が言って、「母さんのサンバイザーを、あの夜、玄関で見つけたからお面代わりに付けたけど、視界の暗さにまだ慣れないから、史花の表情も見えにくい」
と、龍樹がサンバイザーの下で笑った。
「私も鞄に入ってたタオルだけ持ってここに来て、それで顔を隠してるから、悪いけど私、二人の足元しか見えてないんだよね」
世奈の言葉に、私も龍樹も「あはっ」と笑ってしまった。
(好きだな)
と、心から思った。
私はこの二人のことが、本当に大切で、大好きだ。
やっぱり三人でいると、楽しいし落ち着く。
例えこんな状況であっても。
「……楽しくおしゃべりしているところ悪いけどさ、おっかぁの墓のありかをそろそろ教えてよ」
太郎がそう言って、私達を順番に見た。
「その前に、二人と話させて」
と、私。
「もうすっかり話しただろう?」
「ちゃんと確認しておかないと、タツ子さんのお墓のありかを話せないから」
「そうなのか?」
太郎は顔をぽりぽり掻いている。
「しばらく三人にして」
「そんなことを言って、相談して逃げるつもりでしょう?」
と、ヤエ子。
「逃げられるとは思ってないから。お願い、話させて」
私の言葉に、太郎達は顔を見合わせて、「少しだけだぞ」と言い残し、太助のお墓の周りに座った。
その場から少し離れ三人になり、
「退治の方法を伝えるから」
と、私は小声で伝えた。
二人は退治の方法を知ると、黙って力強く頷いた。
……やるしか、ない。



