翌朝、世奈と一緒に登校した。
世奈は、
「米田さんの手紙、龍樹に渡したの?」
と、尋ねてきた。
「まだ。渡さなくちゃいけないってわかっているんだけど……」
「別に渡さなくてもいいんじゃん? 米田さんに返しなよ」
「うん……。でも、一回は渡すって言ったから」
世奈はバシンと私の背中を叩く。
「しっかりしなって! 史花の良くないところだよ。ウジウジしないの! 米田さんが何よ! 龍樹のそばにずっといるのは、史花でしょ!」
「うん、でもさ……」
「『でも』じゃない。自信持ちな! 大丈夫だよ、相手はあの龍樹だよ? 龍樹のことを一番知っているのは、史花、あんただって!」
「えー……、いや、世奈でしょう」
「確かに私は龍樹の様々な失敗や、秘密を知っているけれども! そっか、じゃあ史花は二番かね!?」
「あはっ、なんか微妙じゃない? 嬉しくない励ましだって」
世奈らしい励ましかたに、思わず笑ってしまう。
世奈は満足そうにニィッと笑って、
「そうだよ、笑えばいいんだよ。史花はもっと自信を持ちな!」
と、言ってくれた。
教室に着くと、珍しい顔があった。
「もう大丈夫なの? 心配したよ〜」
と、女子達に囲まれているのは、米田さんだった。
米田さんはツンッとしていて、誰に対しても返事をしない。
「何あれ」
「ちょっと態度悪くない?」
「こっちは心配しているのに」
次第にひとり去り、またひとり去って、米田さんを囲む人達はいなくなった。
「どうしたんだろうね? いつもならニコニコして輪の中心にいるのに」
と、私は世奈に話しかける。
「……なんか、変じゃない? 史花もそう思わない? 米田さんってあんな感じじゃなかったよ」
「えっと……、それは山崎くんみたいに、なりすまされてるってこと?」
「私はそう思う」
そうなんだろうか?
でも、まさか。
そう思ってすぐに、あることに思い至った。
(米田さんも、山崎くんと同じだった)
失踪したあの日。
顔を隠して、林に行っている……。
ふと、米田さんがこちらを見た。
ふくれっ面をしていたけれど、世奈を見て嬉しそうにニヤッと笑う。
「!」
「世奈……! 絶対に山崎くんにも米田さんにも、近づいちゃダメだからね」
「……約束できない」
「えっ? どういうこと!?」
思わず世奈を見ると、世奈は真剣な瞳でじっと米田さんを見つめていた。
「私はこの騒動を終わらせたい。だからチャンスがあるなら、あの二人の正体が太郎達なのか確かめたい」
「何言ってんのよ」
「お父さんが始めたんだよ。私が騒動をおさめなくちゃ」
「三人で、でしょ?」
「……」
世奈が黙って、私から視線を外した。
その視線の先には、米田さんのニヤついた顔がある。
昼休み。
給食を食べ終わり、ひとりトイレへ行って教室に帰って来たら、世奈の姿が見当たらなかった。
「世奈は?」
と、尋ねると、龍樹は不思議そうな顔をして、こう言った。
「えっ? あいつもトイレじゃね?」
「でも会わなかったよ」
「マジで? どこに行ったんだろう? さっきまで一緒だったのに」
嫌な予感がして、山崎くんが教室にいるか確かめた。
彼は、いる。
……でも。
「ねぇ、龍樹。米田さんってどこにいるか知ってる?」
「え? 知らねー。なんで?」
「……世奈が言ってたの。米田さんもなりすまされているんじゃないかって」
「! えっ、ちょっ、やばいじゃん!」
米田さんを探しても、教室にはいない。
(世奈が危ない!)
私達は教室を出て、世奈を探すことにした。
「でも世奈が米田を疑っているなら、警戒してついて行かないんじゃね?」
と、走りながら龍樹が言う。
「わかんない。でも自分が騒動を終わらせなくちゃいけないって思っているみたいで。あの二人の正体が太郎達なのか確かめたいって言ってた」
「あいつ……っ! 何ひとりで背負い込んでるんだよ!!」
昼休み中、校内を探し回ってみたものの、世奈は見つからなかった。
午後の授業が始まっても世奈は帰って来なくて、放課後になっても行方はわからないまま。
たろじぃがついに警察に連絡をした。
夜。
たろじぃに呼ばれて、世奈の家に龍樹と向かっている。
「オレがちゃんと見ていたら、こんなこと……」
「龍樹のせいじゃない。私も、米田さんのことが怪しい話、ちゃんと龍樹に伝えてなかったから。あぁ、どうしよう。世奈に何かあったら、私……」
「不吉なことを言うなって! 世奈を信じよう。あいつは賢いから、何か考えがあるはず」
世奈の家に着くと、たろじぃがリビングに通してくれた。
「率直に聞くけれど、誠一の落語と関連しているのか?」
「……はい」
と、龍樹が返事をすると、たろじぃは頭を抱えて項垂れた。
「なんてことなんだ……! あぁ、世奈……っ!」
「たろじぃ、世奈の通学鞄に入っているノートを借りてもいいですか?」
と言う龍樹に、
「ノート? まさか落語の?」
と、たろじぃは眉をひそめた。
「世奈は持ち歩いていたんです。今はきっと通学鞄に入ったままじゃないかと思って」
たろじぃが先生達が持って来た世奈の通学鞄を、玄関そばの和室から持って来た。
その和室は客室で、たろじぃはそこで先生達から今日の説明と今後のことを話し合ったらしい。
真っ暗なままの和室を見つめて、たろじぃは言う。
「どんな意味があったのかな」
「えっ?」
「誠一の、あの落語だよ。友達の先祖の事件を、どうしてあの時落語にしたんだろう? そしてどうして呪いに変わったんだろう?」
「……わかりません」
と、私。
「たろじぃ、そのノートの他に『顔隠しの林』について書いてあるものってありませんか? メモでも何でもいいんですけれど」
龍樹がそう言うと、たろじぃは首を振って、
「いや、すぐにはわからないな。メモが残っているのかも、わからない。でも探しておくよ。龍樹、このノートじゃダメなのか?」
と、言った。
龍樹はノートを受け取り、ページを開いた。
「ラストがわからないんです」
「あぁ、塗りつぶされていたっけ」
「たろじぃもラストは知らないんですか?」
「ラスト…昔、読んだはずだけど、思い出せないな」
「音声テープ……」
と、龍樹が呟いた。
「あの貴子さんの音声テープを、袴田先生から借りよう。あれだったらラストが聴けるかも」
「バカを言うんじゃない! 龍樹、呪われてしまうぞ!」
「でもたろじぃ!! このままじゃ世奈が!! 世奈を助けなくちゃ!!」
龍樹の目には涙が滲んでいる。
「オレは……! あの時、山崎を見たんだ。食べられたみたいに、顔のない山崎を! あんなことは絶対に、世奈に起こってほしくない!!」
「龍樹……っ」
たろじぃの声にも涙の気配を感じた。
私は何て言っていいのかわからず、俯く。
(世奈! 絶対に無事でいてよ!!)
世奈の家から出ても沈んだままの私に、
「うちに来る?」
と、龍樹。
「えっ?」
「あ、違うから。深い意味なんてないけど、史花の気が紛れるかと思って」
「うん」
「一緒にいようぜ、無理にとは言わないけど」
その時、龍樹が私の手に触れた。
突然のことでビクッとしたけれど、龍樹は私の手をそのまま握った。
「史花の手、こんなに小さかったっけ?」
心臓が破裂するかと思うくらいに暴れているけれど、それが逆に心地良いくらいに嬉しかった。
龍樹の手は大きくて、私の手をすっぽり包む。
(いつの間にこんなに大きな手になったんだろう?)
ずっとそばにいても知らないことだってある。
「龍樹がいてくれて良かったよ」
と、呟く。
その時、繋いでいないほうの手で、龍樹が私の頭を撫でた。
「オレはいつだってそばにいるよ」
「うん……」
「世奈もそうだよ。 今は離れてしまったけれど、きっと帰って来る。 オレ達や、たろじぃの元に」
「うん……」
龍樹の瞳が、月明かりで美しく輝いていた。
意志の強い瞳。
じっと見つめていたら、繋いだ手を引っ張られて体勢を崩してしまう。
そんな私の体を受け止めるように、龍樹が私を抱きしめた。
(えっ!?)
「史花、ごめん。オレ……」
龍樹の体が震えていた。
ドキドキした心を隠すように、私は龍樹の背中に手をまわした。
「龍樹?」
「強がってても、やっぱり怖いよな? あいつが死んじゃったらどうしよう」
「うん、私も怖い……。でも龍樹が言うように、世奈は太郎達に負けない。だって世奈だもんね? マイペースだけど頑固で賢い」
そう言うと、龍樹が少し笑った気配がした。
龍樹の背中をポンポンと軽く叩いていると、
「ありがとう、史花がいて良かった」
と言って、龍樹は私の体を離した。
「よし、作戦会議しようぜ。オレん家に行こう」
何年ぶりかわからないくらい、久しぶりに龍樹の家の中に入った。
部屋に入るとすぐ、
「こんな部屋だったっけ?」
と、私は呟く。
「え? 史花が最後に部屋に来たのっていつだっけ?」
「えー? わかんない。でも小学生の時とか、かなぁ?」
龍樹は学習机のイスに腰掛けた。
私はベッドを背もたれに、クッションを置いた床に座る。
「まず、世奈のために何をすればいいんだろう?」
「……考えていたんだけど、世奈が鍵の役目ってどういうことなんだろうね? 【アレ】が太郎達だってわかっても、どうして世奈なのかがわからなくて」
「どういうことだよ?」
「世奈のお父さんは作者。貴子さんは子孫。その二人に用件があったのなら、何となくわかる。でも太郎達は……、山崎くんの正体は、部外者とも言える世奈を探していたみたいだった」
「うん」
「袴田先生が言っていた、鍵の役目を担う人っていうのがどういう役割の人なのか、私達にはわかってはいない」
龍樹は「鍵かぁ」と呟いて、考え込む。
しばらく沈黙が続いた。
その間、龍樹は俯いたり腕を組んだりしていたけれど、私は龍樹とのふたりきりの空間にドキドキしていた。
しかもここは、龍樹の部屋。
好きな人の部屋ということに舞い上がる気持ちと、ドキドキそわそわ落ち着かない気持ちで、集中して考えられなかった。
「……と思う?」
と、龍樹が言った。
「えっ?」
「だから、音声テープを借りるほうがいいと思う? って言ったの」
「あぁ、ごめん。うん、それがいいんじゃないかな」
「……でも、それだとオレ達の呪いも強くなるかもだけどな」
「あぁ、うん。そうだね」
そう返すと龍樹の眉間にシワが寄った。
(あれ? なんで?)
龍樹が怒っている。
それは長年の付き合いでわかるけれど、どうして怒っているのかはわからない。
「……それって、どっち?」
と、龍樹。
「えっ?」
「さっきからオレの言葉に同意するばっかりじゃん。史花の考えはないの? 史花の意見を言ってくれないと、作戦会議になんないじゃん」
「……あ、ごめん」
「だから、『ごめん』じゃなくてさ」
龍樹が苛立っている。
それもそうだよね。
龍樹にとって世奈は、親友……、ううん、それ以上の存在なのかもしれない。
ただの幼馴染みとは思っていないと思う。
言い合いもするけれど、いつだって世奈のことを一目置いているのは、そばにいる私にはよくわかっていた。
「……何か良い案ないの? 史花はいつも何かとアイディアを出してくれるじゃん」
「そんなすぐには、浮かばないよ」
「でも、世奈が危ないんだから」
「そんなの……、わかってるもん」
さっきまでどこか甘い雰囲気だったのに、今はトゲトゲしている。
(世奈だから?)
やっぱり龍樹にとって世奈は特別なんだ。
私、お邪魔なのかな。
本当は今、隣にいるのは私じゃなくて、世奈が良かった?
「……」
何も言えなくなる。
言葉を発したら、確実に嫉妬心が表にでる。
「黙るのずるくね?」
「……」
「史花ってさ、普段はオレらに意見を言うのに、こういう時に限って黙るんだよな? 結局それってさ、自分の言葉に責任を持つのが怖いんじゃない?」
「そ、そんなことないもん」
「そんなことあるから、言ってるんじゃん!」
龍樹が少しだけ声を張った。
(責められた)
その事実に私はショックを受ける。
(今までずっと、そんなこと言われて責められたことはなかったのに)
龍樹が私を見て、ハッとした。
頭を掻いてバツが悪そうにしている。
「……林に行って、世奈を見つけるっていうのもアリだよな」
「それは危ないよ、対策をちゃんと練らないと!」
「でもこうしている間にも世奈が危険な目に遭ってるかもしれないんだぞ!?」
「そうだけど……!!」
龍樹が焦ってしまう気持ちはわかるけれど、無闇に林へ行くことは得策ではないと思う。
「このままじっとなんかしていられない。オレは林へ行く!」
「ダメだって! 林にはきっと、太郎達がいる! 私達も呪われているんだよ!? 山崎くんや米田さんだって、林に行って大変なことになってるんじゃん!」
「なんだよ、同意しかしないと思ったら、今度は否定ばっかりかよ!」
「龍樹が無茶苦茶なことしないように言ってるんじゃん」
「無茶苦茶なのは、史花だろ?」
「えっ?」
龍樹が俯いた。
「知ってるんだ。米田からの手紙、預かってるんだろう? なんでそんなことするの? しかもオレには渡さないし」
「……それは!」
「オレ、そういうの嫌なんだよ。人づてに渡そうとする米田も嫌だけど、それを受け取る史花も嫌だ」
「龍樹……」
「オレ、お前のことが好きなのに」
「えっ!?」
いきなりの告白に面食らっていると、龍樹は「もう帰って」と、私を追い出した。
頭がぼんやり回らない。
(龍樹が、私のことを……?)
だけど、翌日。
私は、ひとりきりになってしまった。
龍樹が、夜の内に姿を消してしまったらしい。
(きっと林に行ったんだ……!!)
「龍樹のばか!」
世奈と龍樹を助けられるのは、私しかいない。
世奈は、
「米田さんの手紙、龍樹に渡したの?」
と、尋ねてきた。
「まだ。渡さなくちゃいけないってわかっているんだけど……」
「別に渡さなくてもいいんじゃん? 米田さんに返しなよ」
「うん……。でも、一回は渡すって言ったから」
世奈はバシンと私の背中を叩く。
「しっかりしなって! 史花の良くないところだよ。ウジウジしないの! 米田さんが何よ! 龍樹のそばにずっといるのは、史花でしょ!」
「うん、でもさ……」
「『でも』じゃない。自信持ちな! 大丈夫だよ、相手はあの龍樹だよ? 龍樹のことを一番知っているのは、史花、あんただって!」
「えー……、いや、世奈でしょう」
「確かに私は龍樹の様々な失敗や、秘密を知っているけれども! そっか、じゃあ史花は二番かね!?」
「あはっ、なんか微妙じゃない? 嬉しくない励ましだって」
世奈らしい励ましかたに、思わず笑ってしまう。
世奈は満足そうにニィッと笑って、
「そうだよ、笑えばいいんだよ。史花はもっと自信を持ちな!」
と、言ってくれた。
教室に着くと、珍しい顔があった。
「もう大丈夫なの? 心配したよ〜」
と、女子達に囲まれているのは、米田さんだった。
米田さんはツンッとしていて、誰に対しても返事をしない。
「何あれ」
「ちょっと態度悪くない?」
「こっちは心配しているのに」
次第にひとり去り、またひとり去って、米田さんを囲む人達はいなくなった。
「どうしたんだろうね? いつもならニコニコして輪の中心にいるのに」
と、私は世奈に話しかける。
「……なんか、変じゃない? 史花もそう思わない? 米田さんってあんな感じじゃなかったよ」
「えっと……、それは山崎くんみたいに、なりすまされてるってこと?」
「私はそう思う」
そうなんだろうか?
でも、まさか。
そう思ってすぐに、あることに思い至った。
(米田さんも、山崎くんと同じだった)
失踪したあの日。
顔を隠して、林に行っている……。
ふと、米田さんがこちらを見た。
ふくれっ面をしていたけれど、世奈を見て嬉しそうにニヤッと笑う。
「!」
「世奈……! 絶対に山崎くんにも米田さんにも、近づいちゃダメだからね」
「……約束できない」
「えっ? どういうこと!?」
思わず世奈を見ると、世奈は真剣な瞳でじっと米田さんを見つめていた。
「私はこの騒動を終わらせたい。だからチャンスがあるなら、あの二人の正体が太郎達なのか確かめたい」
「何言ってんのよ」
「お父さんが始めたんだよ。私が騒動をおさめなくちゃ」
「三人で、でしょ?」
「……」
世奈が黙って、私から視線を外した。
その視線の先には、米田さんのニヤついた顔がある。
昼休み。
給食を食べ終わり、ひとりトイレへ行って教室に帰って来たら、世奈の姿が見当たらなかった。
「世奈は?」
と、尋ねると、龍樹は不思議そうな顔をして、こう言った。
「えっ? あいつもトイレじゃね?」
「でも会わなかったよ」
「マジで? どこに行ったんだろう? さっきまで一緒だったのに」
嫌な予感がして、山崎くんが教室にいるか確かめた。
彼は、いる。
……でも。
「ねぇ、龍樹。米田さんってどこにいるか知ってる?」
「え? 知らねー。なんで?」
「……世奈が言ってたの。米田さんもなりすまされているんじゃないかって」
「! えっ、ちょっ、やばいじゃん!」
米田さんを探しても、教室にはいない。
(世奈が危ない!)
私達は教室を出て、世奈を探すことにした。
「でも世奈が米田を疑っているなら、警戒してついて行かないんじゃね?」
と、走りながら龍樹が言う。
「わかんない。でも自分が騒動を終わらせなくちゃいけないって思っているみたいで。あの二人の正体が太郎達なのか確かめたいって言ってた」
「あいつ……っ! 何ひとりで背負い込んでるんだよ!!」
昼休み中、校内を探し回ってみたものの、世奈は見つからなかった。
午後の授業が始まっても世奈は帰って来なくて、放課後になっても行方はわからないまま。
たろじぃがついに警察に連絡をした。
夜。
たろじぃに呼ばれて、世奈の家に龍樹と向かっている。
「オレがちゃんと見ていたら、こんなこと……」
「龍樹のせいじゃない。私も、米田さんのことが怪しい話、ちゃんと龍樹に伝えてなかったから。あぁ、どうしよう。世奈に何かあったら、私……」
「不吉なことを言うなって! 世奈を信じよう。あいつは賢いから、何か考えがあるはず」
世奈の家に着くと、たろじぃがリビングに通してくれた。
「率直に聞くけれど、誠一の落語と関連しているのか?」
「……はい」
と、龍樹が返事をすると、たろじぃは頭を抱えて項垂れた。
「なんてことなんだ……! あぁ、世奈……っ!」
「たろじぃ、世奈の通学鞄に入っているノートを借りてもいいですか?」
と言う龍樹に、
「ノート? まさか落語の?」
と、たろじぃは眉をひそめた。
「世奈は持ち歩いていたんです。今はきっと通学鞄に入ったままじゃないかと思って」
たろじぃが先生達が持って来た世奈の通学鞄を、玄関そばの和室から持って来た。
その和室は客室で、たろじぃはそこで先生達から今日の説明と今後のことを話し合ったらしい。
真っ暗なままの和室を見つめて、たろじぃは言う。
「どんな意味があったのかな」
「えっ?」
「誠一の、あの落語だよ。友達の先祖の事件を、どうしてあの時落語にしたんだろう? そしてどうして呪いに変わったんだろう?」
「……わかりません」
と、私。
「たろじぃ、そのノートの他に『顔隠しの林』について書いてあるものってありませんか? メモでも何でもいいんですけれど」
龍樹がそう言うと、たろじぃは首を振って、
「いや、すぐにはわからないな。メモが残っているのかも、わからない。でも探しておくよ。龍樹、このノートじゃダメなのか?」
と、言った。
龍樹はノートを受け取り、ページを開いた。
「ラストがわからないんです」
「あぁ、塗りつぶされていたっけ」
「たろじぃもラストは知らないんですか?」
「ラスト…昔、読んだはずだけど、思い出せないな」
「音声テープ……」
と、龍樹が呟いた。
「あの貴子さんの音声テープを、袴田先生から借りよう。あれだったらラストが聴けるかも」
「バカを言うんじゃない! 龍樹、呪われてしまうぞ!」
「でもたろじぃ!! このままじゃ世奈が!! 世奈を助けなくちゃ!!」
龍樹の目には涙が滲んでいる。
「オレは……! あの時、山崎を見たんだ。食べられたみたいに、顔のない山崎を! あんなことは絶対に、世奈に起こってほしくない!!」
「龍樹……っ」
たろじぃの声にも涙の気配を感じた。
私は何て言っていいのかわからず、俯く。
(世奈! 絶対に無事でいてよ!!)
世奈の家から出ても沈んだままの私に、
「うちに来る?」
と、龍樹。
「えっ?」
「あ、違うから。深い意味なんてないけど、史花の気が紛れるかと思って」
「うん」
「一緒にいようぜ、無理にとは言わないけど」
その時、龍樹が私の手に触れた。
突然のことでビクッとしたけれど、龍樹は私の手をそのまま握った。
「史花の手、こんなに小さかったっけ?」
心臓が破裂するかと思うくらいに暴れているけれど、それが逆に心地良いくらいに嬉しかった。
龍樹の手は大きくて、私の手をすっぽり包む。
(いつの間にこんなに大きな手になったんだろう?)
ずっとそばにいても知らないことだってある。
「龍樹がいてくれて良かったよ」
と、呟く。
その時、繋いでいないほうの手で、龍樹が私の頭を撫でた。
「オレはいつだってそばにいるよ」
「うん……」
「世奈もそうだよ。 今は離れてしまったけれど、きっと帰って来る。 オレ達や、たろじぃの元に」
「うん……」
龍樹の瞳が、月明かりで美しく輝いていた。
意志の強い瞳。
じっと見つめていたら、繋いだ手を引っ張られて体勢を崩してしまう。
そんな私の体を受け止めるように、龍樹が私を抱きしめた。
(えっ!?)
「史花、ごめん。オレ……」
龍樹の体が震えていた。
ドキドキした心を隠すように、私は龍樹の背中に手をまわした。
「龍樹?」
「強がってても、やっぱり怖いよな? あいつが死んじゃったらどうしよう」
「うん、私も怖い……。でも龍樹が言うように、世奈は太郎達に負けない。だって世奈だもんね? マイペースだけど頑固で賢い」
そう言うと、龍樹が少し笑った気配がした。
龍樹の背中をポンポンと軽く叩いていると、
「ありがとう、史花がいて良かった」
と言って、龍樹は私の体を離した。
「よし、作戦会議しようぜ。オレん家に行こう」
何年ぶりかわからないくらい、久しぶりに龍樹の家の中に入った。
部屋に入るとすぐ、
「こんな部屋だったっけ?」
と、私は呟く。
「え? 史花が最後に部屋に来たのっていつだっけ?」
「えー? わかんない。でも小学生の時とか、かなぁ?」
龍樹は学習机のイスに腰掛けた。
私はベッドを背もたれに、クッションを置いた床に座る。
「まず、世奈のために何をすればいいんだろう?」
「……考えていたんだけど、世奈が鍵の役目ってどういうことなんだろうね? 【アレ】が太郎達だってわかっても、どうして世奈なのかがわからなくて」
「どういうことだよ?」
「世奈のお父さんは作者。貴子さんは子孫。その二人に用件があったのなら、何となくわかる。でも太郎達は……、山崎くんの正体は、部外者とも言える世奈を探していたみたいだった」
「うん」
「袴田先生が言っていた、鍵の役目を担う人っていうのがどういう役割の人なのか、私達にはわかってはいない」
龍樹は「鍵かぁ」と呟いて、考え込む。
しばらく沈黙が続いた。
その間、龍樹は俯いたり腕を組んだりしていたけれど、私は龍樹とのふたりきりの空間にドキドキしていた。
しかもここは、龍樹の部屋。
好きな人の部屋ということに舞い上がる気持ちと、ドキドキそわそわ落ち着かない気持ちで、集中して考えられなかった。
「……と思う?」
と、龍樹が言った。
「えっ?」
「だから、音声テープを借りるほうがいいと思う? って言ったの」
「あぁ、ごめん。うん、それがいいんじゃないかな」
「……でも、それだとオレ達の呪いも強くなるかもだけどな」
「あぁ、うん。そうだね」
そう返すと龍樹の眉間にシワが寄った。
(あれ? なんで?)
龍樹が怒っている。
それは長年の付き合いでわかるけれど、どうして怒っているのかはわからない。
「……それって、どっち?」
と、龍樹。
「えっ?」
「さっきからオレの言葉に同意するばっかりじゃん。史花の考えはないの? 史花の意見を言ってくれないと、作戦会議になんないじゃん」
「……あ、ごめん」
「だから、『ごめん』じゃなくてさ」
龍樹が苛立っている。
それもそうだよね。
龍樹にとって世奈は、親友……、ううん、それ以上の存在なのかもしれない。
ただの幼馴染みとは思っていないと思う。
言い合いもするけれど、いつだって世奈のことを一目置いているのは、そばにいる私にはよくわかっていた。
「……何か良い案ないの? 史花はいつも何かとアイディアを出してくれるじゃん」
「そんなすぐには、浮かばないよ」
「でも、世奈が危ないんだから」
「そんなの……、わかってるもん」
さっきまでどこか甘い雰囲気だったのに、今はトゲトゲしている。
(世奈だから?)
やっぱり龍樹にとって世奈は特別なんだ。
私、お邪魔なのかな。
本当は今、隣にいるのは私じゃなくて、世奈が良かった?
「……」
何も言えなくなる。
言葉を発したら、確実に嫉妬心が表にでる。
「黙るのずるくね?」
「……」
「史花ってさ、普段はオレらに意見を言うのに、こういう時に限って黙るんだよな? 結局それってさ、自分の言葉に責任を持つのが怖いんじゃない?」
「そ、そんなことないもん」
「そんなことあるから、言ってるんじゃん!」
龍樹が少しだけ声を張った。
(責められた)
その事実に私はショックを受ける。
(今までずっと、そんなこと言われて責められたことはなかったのに)
龍樹が私を見て、ハッとした。
頭を掻いてバツが悪そうにしている。
「……林に行って、世奈を見つけるっていうのもアリだよな」
「それは危ないよ、対策をちゃんと練らないと!」
「でもこうしている間にも世奈が危険な目に遭ってるかもしれないんだぞ!?」
「そうだけど……!!」
龍樹が焦ってしまう気持ちはわかるけれど、無闇に林へ行くことは得策ではないと思う。
「このままじっとなんかしていられない。オレは林へ行く!」
「ダメだって! 林にはきっと、太郎達がいる! 私達も呪われているんだよ!? 山崎くんや米田さんだって、林に行って大変なことになってるんじゃん!」
「なんだよ、同意しかしないと思ったら、今度は否定ばっかりかよ!」
「龍樹が無茶苦茶なことしないように言ってるんじゃん」
「無茶苦茶なのは、史花だろ?」
「えっ?」
龍樹が俯いた。
「知ってるんだ。米田からの手紙、預かってるんだろう? なんでそんなことするの? しかもオレには渡さないし」
「……それは!」
「オレ、そういうの嫌なんだよ。人づてに渡そうとする米田も嫌だけど、それを受け取る史花も嫌だ」
「龍樹……」
「オレ、お前のことが好きなのに」
「えっ!?」
いきなりの告白に面食らっていると、龍樹は「もう帰って」と、私を追い出した。
頭がぼんやり回らない。
(龍樹が、私のことを……?)
だけど、翌日。
私は、ひとりきりになってしまった。
龍樹が、夜の内に姿を消してしまったらしい。
(きっと林に行ったんだ……!!)
「龍樹のばか!」
世奈と龍樹を助けられるのは、私しかいない。



