悠真の心の中で激しい葛藤が渦巻く一方で、雪菜は婚約発表のショックから立ち直れずにいた。遥斗の優しさに触れても、悠真への想いが消えることはなく、ただ時間だけが虚しく過ぎていくように感じられた。そんな中、予期せぬ形で、悠真との個人的な「共感」が、再び二人の距離を縮めることになる。
ある週末、片桐家の別荘で、家族ぐるみの小さなパーティーが開かれることになった。目的は、志穂と悠真の婚約を、より親しい間柄で祝うためだ。雪菜は、内心では気が重かったが、欠席するわけにもいかず、重い足取りで別荘へと向かった。
パーティーは、穏やかな雰囲気で進んでいた。テラスでは、志穂と悠真が笑顔で談笑し、両家の親族たちが囲んで祝福の言葉を贈っている。雪菜は、その輪に加わることなく、少し離れた場所に座り、静かにグラスを傾けていた。
「雪菜、ここにいたのか」
ふいに、頭上から悠真の声が聞こえた。雪菜は驚いて顔を上げると、悠真が心配そうな表情で立っていた。志穂は別の親族と話し込んでいるようで、悠真は一人、雪菜の元へ来てくれたようだった。
「悠真さん…」
「少し、散歩でもしないか?この辺りは、まだ紅葉が綺麗だよ」
悠真の誘いに、雪菜は戸惑った。しかし、この場にいるのが辛かったこともあり、彼女は小さく頷いた。
二人は、別荘の裏手にある、小さな林道を歩き始めた。足元には、落ち葉がカサカサと音を立てる。木々の間から差し込む夕日が、二人の影を長く伸ばした。
「最近、どうしているんだ?仕事は順調か」
悠真が、穏やかな声で尋ねる。
「はい…なんとか。悠真さんこそ、お忙しい毎日でしょうに」
「ああ、おかげさまで。だけど 最近は…少し、考えることが多いかな」
悠真の言葉に、雪菜は僅かに息を呑んだ。彼の言う「考えること」が、何を示唆しているのか、雪菜は、なんとなくだが理解できた。
「悠真さんは…絵画はお好きですか?」
雪菜は、沈黙を破るように、ふと尋ねた。それは、雪菜の最も深い場所に隠された、個人的な趣味だった。
「絵画、か。ああ、嫌いではない。特に、あの…ルノワールの色彩には、いつも心惹かれるものがある」
悠真の意外な答えに、雪菜は目を見開いた。
「ルノワール…!私も大好きです。あの、光と色彩に満ちた世界観が…」
雪菜は、自分の好きな画家について、初めて他人とここまで深く語り合った。悠真もまた、雪菜の言葉に頷きながら、自身の感想を語っていく。
「ルノワールは、幸福を描く画家と言われるが、その絵の裏には、彼自身の苦悩や、人生の儚さも隠されているように感じるんだ。だからこそ、あの幸福感が、より一層、輝いて見えるのだと思う」
悠真の言葉は、雪菜が絵画に抱いていた、深い共感を呼び起こした。
「私も…そう思います。完璧な幸福ではなく、その奥にある、人間の持つ複雑な感情が、絵画の深みを増していると…」
雪菜は、目を輝かせながら悠真を見上げた。
悠真もまた、雪菜の言葉に、どこか驚きと、喜びのようなものを感じているようだった。
「志穂とは、美術館に行っても、ここまでの話をしたことはなかったな」
悠真が、ふとそう呟いた。
その言葉に、雪菜の心臓が大きく跳ねる。
志穂は、流行の美術展には積極的に足を運ぶが、美術に対する深い造詣があるわけではない。しかし、雪菜は違った。彼女は、作品の一つ一つに秘められた意味や、画家の人生にまで思いを馳せるタイプだった。
「君とは…こうして、ゆっくりと話すのは初めてかもしれない。君が、こんなにも豊かな感性を持っているとは、知らなかった」
悠真の視線は、優しく、そして、彼自身の内面をさらけ出すように、雪菜を見つめていた。その瞳には、今まで見たことのない、光が刺していた。
雪菜は、夢のような時間を過ごしていた。
これまで誰にも話せなかった自分の感性を、悠真が理解し、共感してくれている。
志穂にはない、自分だけが彼と共有できる特別な何かがある。
そう感じた瞬間、雪菜の心の中の、悠真への想いが、再び溢れ出した。
しかし、別荘に戻る道すがら、悠真は再び口を開いた。
「今…話したことは、ここだけにして欲しい。」
彼の声には、先ほどの温かさとは異なる、どこか苦渋に満ちた響きがあった。
雪菜は、彼の心の内がわかったような気がした。
彼は、婚約者である志穂を裏切ることへの罪悪感に、囚われているのだ。
別荘の灯りが、二人の帰り道を照らす。
夕闇が迫る中、雪菜は、悠真とのこの「秘密の共有」が、二人の関係をさらに複雑にするであろう予感に、胸を締め付けられた。
この事は、雪菜にとって、悠真への想いを諦めることなどできないと、改めて思った。
ある週末、片桐家の別荘で、家族ぐるみの小さなパーティーが開かれることになった。目的は、志穂と悠真の婚約を、より親しい間柄で祝うためだ。雪菜は、内心では気が重かったが、欠席するわけにもいかず、重い足取りで別荘へと向かった。
パーティーは、穏やかな雰囲気で進んでいた。テラスでは、志穂と悠真が笑顔で談笑し、両家の親族たちが囲んで祝福の言葉を贈っている。雪菜は、その輪に加わることなく、少し離れた場所に座り、静かにグラスを傾けていた。
「雪菜、ここにいたのか」
ふいに、頭上から悠真の声が聞こえた。雪菜は驚いて顔を上げると、悠真が心配そうな表情で立っていた。志穂は別の親族と話し込んでいるようで、悠真は一人、雪菜の元へ来てくれたようだった。
「悠真さん…」
「少し、散歩でもしないか?この辺りは、まだ紅葉が綺麗だよ」
悠真の誘いに、雪菜は戸惑った。しかし、この場にいるのが辛かったこともあり、彼女は小さく頷いた。
二人は、別荘の裏手にある、小さな林道を歩き始めた。足元には、落ち葉がカサカサと音を立てる。木々の間から差し込む夕日が、二人の影を長く伸ばした。
「最近、どうしているんだ?仕事は順調か」
悠真が、穏やかな声で尋ねる。
「はい…なんとか。悠真さんこそ、お忙しい毎日でしょうに」
「ああ、おかげさまで。だけど 最近は…少し、考えることが多いかな」
悠真の言葉に、雪菜は僅かに息を呑んだ。彼の言う「考えること」が、何を示唆しているのか、雪菜は、なんとなくだが理解できた。
「悠真さんは…絵画はお好きですか?」
雪菜は、沈黙を破るように、ふと尋ねた。それは、雪菜の最も深い場所に隠された、個人的な趣味だった。
「絵画、か。ああ、嫌いではない。特に、あの…ルノワールの色彩には、いつも心惹かれるものがある」
悠真の意外な答えに、雪菜は目を見開いた。
「ルノワール…!私も大好きです。あの、光と色彩に満ちた世界観が…」
雪菜は、自分の好きな画家について、初めて他人とここまで深く語り合った。悠真もまた、雪菜の言葉に頷きながら、自身の感想を語っていく。
「ルノワールは、幸福を描く画家と言われるが、その絵の裏には、彼自身の苦悩や、人生の儚さも隠されているように感じるんだ。だからこそ、あの幸福感が、より一層、輝いて見えるのだと思う」
悠真の言葉は、雪菜が絵画に抱いていた、深い共感を呼び起こした。
「私も…そう思います。完璧な幸福ではなく、その奥にある、人間の持つ複雑な感情が、絵画の深みを増していると…」
雪菜は、目を輝かせながら悠真を見上げた。
悠真もまた、雪菜の言葉に、どこか驚きと、喜びのようなものを感じているようだった。
「志穂とは、美術館に行っても、ここまでの話をしたことはなかったな」
悠真が、ふとそう呟いた。
その言葉に、雪菜の心臓が大きく跳ねる。
志穂は、流行の美術展には積極的に足を運ぶが、美術に対する深い造詣があるわけではない。しかし、雪菜は違った。彼女は、作品の一つ一つに秘められた意味や、画家の人生にまで思いを馳せるタイプだった。
「君とは…こうして、ゆっくりと話すのは初めてかもしれない。君が、こんなにも豊かな感性を持っているとは、知らなかった」
悠真の視線は、優しく、そして、彼自身の内面をさらけ出すように、雪菜を見つめていた。その瞳には、今まで見たことのない、光が刺していた。
雪菜は、夢のような時間を過ごしていた。
これまで誰にも話せなかった自分の感性を、悠真が理解し、共感してくれている。
志穂にはない、自分だけが彼と共有できる特別な何かがある。
そう感じた瞬間、雪菜の心の中の、悠真への想いが、再び溢れ出した。
しかし、別荘に戻る道すがら、悠真は再び口を開いた。
「今…話したことは、ここだけにして欲しい。」
彼の声には、先ほどの温かさとは異なる、どこか苦渋に満ちた響きがあった。
雪菜は、彼の心の内がわかったような気がした。
彼は、婚約者である志穂を裏切ることへの罪悪感に、囚われているのだ。
別荘の灯りが、二人の帰り道を照らす。
夕闇が迫る中、雪菜は、悠真とのこの「秘密の共有」が、二人の関係をさらに複雑にするであろう予感に、胸を締め付けられた。
この事は、雪菜にとって、悠真への想いを諦めることなどできないと、改めて思った。

