朝の会議室。
壁のガラス越しに、
白い日差しが静かに差し込んでいた。
麗華は、
その光に照らされた椅子の上でひとり座っていた。
姿勢はいつも通り完璧。
髪も乱れなし。
メイクも落ちていない。
けれど――
その指だけが震えていた。
(……どうして。
どうして隼人は……あんな顔をしたの……)
昨日の対峙。
隼人の目。
あの冷たい拒絶。
胸の奥が焼けるように痛む。
“選んだのは由奈だ”
その言葉が耳から離れない。
(わたしじゃ……だめなの?)
唇を噛み、
持っていた携帯を握りしめる。
そのとき――
会議室のドアが開いた。
「……西園寺さん」
入ってきたのは、
人事部の男性と部長だった。
麗華は完璧な笑顔を作って立ち上がる。
「どうかしましたか?
朝から呼び出されるなんて……」
だが人事の男性は、
いつもとは違う沈んだ目をしていた。
「申し訳ありません。
お時間いただきます。
少しお話がありまして」
麗華は心の奥で、
かすかに嫌な汗を感じた。
「話……ですか?」
部長が静かに言った。
「最近社内で起こっている“噂”について、
西園寺さんの名前がいくつか挙がっています」
麗華の顔がこわばる。
「ちょっと……どういう意味ですか?」
「あなたが噂の発端になっている……という報告が複数ありました」
麗華は笑顔を崩さず、
しかし声のトーンがわずかに上ずった。
「そんなの……誤解です。
私はただ、心配で――」
「それと、
共用端末のログイン履歴と送信元IPの調査結果がこちらに」
――カサッ。
机に置かれた紙。
麗華の指がピクリと震えた。
(まさか……
隼人……あれを提出したの……?)
人事が淡々と言う。
「深夜のログイン。
匿名でのメッセージ送信。
そして不自然な同時刻の“噂拡散”。」
麗華は肩が震えた。
「……違うの。
あれは……
あれは隼人のためで……」
「個人的な感情で
他の社員を追い詰める行為は
重大なハラスメントに該当します」
(ハラスメント……?
わたしが……?)
麗華は握った拳を震わせる。
「私は……
私が守ろうとしたのは……隼人よ。
あの人は……
由奈なんかより、私のほうが……!」
部長が冷静に制す。
「西園寺さん」
「な、なに……」
「片岡隼人さんが、
“奥さんへの嫌がらせをやめてほしい”と
正式に申し出ています。」
麗華の視界が揺れた。
(隼人が……?
私を……
“嫌がらせをした側”として……?)
喉が痛いほど苦しかった。
「いや……
違うのよ……
わたしは……あの人を……」
「本日より、
しばらく自宅待機をお願いします」
麗華の膝がかすかに折れた。
(自宅……待機……?
わたしが?
どうして……?
どうして私ばかり……?
隼人……見ていて……
ちゃんと見てよ……
私は、あなたのために……)
言葉は心の中から外に出ない。
人事が淡々と告げる。
「状況によっては、
配置転換や懲戒処分も検討されます」
麗華の心が、
ガラスが割れるような音を立てて崩れた。
(……隼人……
どうして……
私を見てくれなかったの……)
彼女は椅子に座り直し、
震える指で髪を整えようとしたが――
その手が途中で止まった。
鏡に反射した自分の表情は、
いつもの完璧な笑顔ではなかった。
目の下にうっすらできた影。
唇の震え。
隠せない焦り。
(なんで……
なんで由奈なの……?
あんなに弱くて、泣き虫で……
あんな“地味な女”が……
どうして私の奪えなかったものを全部……)
視界が涙で滲む。
麗華は、
初めて“負けた”のだと悟った。
隼人に。
由奈に。
そして、自分自身の歪みに。
会議室の外へ出ると、
通路の社員たちが
小さく囁き合っているのが聞こえた。
「……西園寺さん、処分らしいよ」
「やっぱり噂の出どころって……」
「片岡さん、大変だったね……」
麗華は足を止めた。
ひとりの女性社員がこちらを見て、
きゅっと視線をそらした。
(……もう……
私はここにはいられない)
麗華は悟る。
どこにも、
自分の居場所はない。
そして――
隼人の心にも。
(私が……
全部間違えていたの……?)
けれどその問いへの答えは、
もう誰も教えてはくれなかった。
麗華は静かに歩き出す。
長い廊下を、
ゆっくり、ゆっくりと。
その背中は、
初めて“弱い人間そのもの”だった。
壁のガラス越しに、
白い日差しが静かに差し込んでいた。
麗華は、
その光に照らされた椅子の上でひとり座っていた。
姿勢はいつも通り完璧。
髪も乱れなし。
メイクも落ちていない。
けれど――
その指だけが震えていた。
(……どうして。
どうして隼人は……あんな顔をしたの……)
昨日の対峙。
隼人の目。
あの冷たい拒絶。
胸の奥が焼けるように痛む。
“選んだのは由奈だ”
その言葉が耳から離れない。
(わたしじゃ……だめなの?)
唇を噛み、
持っていた携帯を握りしめる。
そのとき――
会議室のドアが開いた。
「……西園寺さん」
入ってきたのは、
人事部の男性と部長だった。
麗華は完璧な笑顔を作って立ち上がる。
「どうかしましたか?
朝から呼び出されるなんて……」
だが人事の男性は、
いつもとは違う沈んだ目をしていた。
「申し訳ありません。
お時間いただきます。
少しお話がありまして」
麗華は心の奥で、
かすかに嫌な汗を感じた。
「話……ですか?」
部長が静かに言った。
「最近社内で起こっている“噂”について、
西園寺さんの名前がいくつか挙がっています」
麗華の顔がこわばる。
「ちょっと……どういう意味ですか?」
「あなたが噂の発端になっている……という報告が複数ありました」
麗華は笑顔を崩さず、
しかし声のトーンがわずかに上ずった。
「そんなの……誤解です。
私はただ、心配で――」
「それと、
共用端末のログイン履歴と送信元IPの調査結果がこちらに」
――カサッ。
机に置かれた紙。
麗華の指がピクリと震えた。
(まさか……
隼人……あれを提出したの……?)
人事が淡々と言う。
「深夜のログイン。
匿名でのメッセージ送信。
そして不自然な同時刻の“噂拡散”。」
麗華は肩が震えた。
「……違うの。
あれは……
あれは隼人のためで……」
「個人的な感情で
他の社員を追い詰める行為は
重大なハラスメントに該当します」
(ハラスメント……?
わたしが……?)
麗華は握った拳を震わせる。
「私は……
私が守ろうとしたのは……隼人よ。
あの人は……
由奈なんかより、私のほうが……!」
部長が冷静に制す。
「西園寺さん」
「な、なに……」
「片岡隼人さんが、
“奥さんへの嫌がらせをやめてほしい”と
正式に申し出ています。」
麗華の視界が揺れた。
(隼人が……?
私を……
“嫌がらせをした側”として……?)
喉が痛いほど苦しかった。
「いや……
違うのよ……
わたしは……あの人を……」
「本日より、
しばらく自宅待機をお願いします」
麗華の膝がかすかに折れた。
(自宅……待機……?
わたしが?
どうして……?
どうして私ばかり……?
隼人……見ていて……
ちゃんと見てよ……
私は、あなたのために……)
言葉は心の中から外に出ない。
人事が淡々と告げる。
「状況によっては、
配置転換や懲戒処分も検討されます」
麗華の心が、
ガラスが割れるような音を立てて崩れた。
(……隼人……
どうして……
私を見てくれなかったの……)
彼女は椅子に座り直し、
震える指で髪を整えようとしたが――
その手が途中で止まった。
鏡に反射した自分の表情は、
いつもの完璧な笑顔ではなかった。
目の下にうっすらできた影。
唇の震え。
隠せない焦り。
(なんで……
なんで由奈なの……?
あんなに弱くて、泣き虫で……
あんな“地味な女”が……
どうして私の奪えなかったものを全部……)
視界が涙で滲む。
麗華は、
初めて“負けた”のだと悟った。
隼人に。
由奈に。
そして、自分自身の歪みに。
会議室の外へ出ると、
通路の社員たちが
小さく囁き合っているのが聞こえた。
「……西園寺さん、処分らしいよ」
「やっぱり噂の出どころって……」
「片岡さん、大変だったね……」
麗華は足を止めた。
ひとりの女性社員がこちらを見て、
きゅっと視線をそらした。
(……もう……
私はここにはいられない)
麗華は悟る。
どこにも、
自分の居場所はない。
そして――
隼人の心にも。
(私が……
全部間違えていたの……?)
けれどその問いへの答えは、
もう誰も教えてはくれなかった。
麗華は静かに歩き出す。
長い廊下を、
ゆっくり、ゆっくりと。
その背中は、
初めて“弱い人間そのもの”だった。

