幼馴染の影と三年目の誤解 ――その笑顔は、私に向かない


翌朝。
空気は冷たく澄んでいたが、
隼人の胸には怒りと決意が静かに燃えていた。

(今日で終わらせる)

スーツを整え、
USBを胸ポケットに差し込む。

寝室では、
由奈が小さく頷いて見送るように立っていた。

「……隼人さん」

「大丈夫だ。
俺は怒鳴りにいくんじゃない。
事実を話しに行くだけだ」

優しく頭を撫でると、
由奈は少し震える声で言う。

「帰ってきて……必ず」

「約束する」

隼人は微笑んで、ドアを閉めた。

――決戦の朝が始まる。



隼人はあえて朝早く出社し、
社内の来客室に向かった。

麗華を呼び出すと、
彼女はすぐに現れた。

今日も完璧な笑顔。
完璧な服装。
完璧なふるまい。

だが――
隼人はもう、騙されない。

麗華は椅子に優雅に座り、
装った笑みで切り出した。

「こんな朝早くに……どうしたの?
もしかして由奈さんと……また?」

“また”という言葉に、
隼人の胸の奥の怒りが鋭く疼いた。

「麗華。
今日は、はっきり話をするために呼んだ」

麗華は薄い笑みのまま、
脚を組み替える。

「ふぅん?
私はいつも言ってるわよ?
“隼人には幸せになってほしい”って」

その声が、
あまりに軽く、うそくさかった。

隼人は静かにUSBを机に置いた。

「まず見せたいものがある」

麗華の笑みがほんの一瞬だけ固まる。

「……なに?
こんなの、必要?」

「必要だ」

隼人はPCを開き、
映像を再生した。



由奈の後を追い、
エントランスに入る祐真。

麗華は一瞬だけ目を見開いたが、
すぐに笑顔を取り戻す。

「ただの偶然じゃないかしら?」

隼人は返さない。
次の映像を再生した。

エレベーターに無理やり乗り込み、
怯えて隅に立つ由奈へ
距離を詰めていく祐真。

麗華の指が
膝の上でぴくりと動く。

隼人は淡々と進める。

非常階段前で、
泣き崩れる由奈を
祐真がスマホで撮っている映像。

麗華の表情から、
さすがに余裕が消えた。

「……なにこれ。
だから何?
これで私が何かしたって証拠になるわけ?」

隼人は麗華をまっすぐ見た。

「“まだ”ならない。
だが――
次を見れば分かる」

麗華の眉がわずかに動いた。



ファミレス前。
由奈を掴もうとする祐真。
それを止めて庇う隼人。
泣き崩れる由奈。

麗華の顔から血の気が引いた。

「……ちょっと待って。
これは、祐真が……勝手に……」

「そうだ。
祐真は“勝手に”由奈を追いかけ、
泣かせ、写真を撮った」

隼人は麗華をじっと見つめた。

「だが――
その写真を“社内で最初に見せて回ったのは”
お前だ、麗華」

麗華の瞳が揺れた。

「何を……言ってるの……?」

隼人はUSBからもう一つのデータを開いた。

アクセスログ。
夜間に共用端末から送信された匿名メッセージのIP。
麗華の社内アカウントでのログイン履歴。

麗華の唇が震えた。

「こんなの……ただの偶然――」

「偶然が全部重なるか?」

隼人の声は低く、
だが鋭すぎるほど冷静だった。

「祐真が写真を撮り、
お前が噂を流した。
二人の行動が“同じ時間”に重なっている」

麗華の呼吸が乱れる。

「……違う……私は……
私はただ……隼人のために……
あなたが不幸にならないように……!」

隼人は耳を貸さない。

「嘘を重ねたな」

麗華の目の奥に、
ついに“普通の顔”が現れた。

焦り。
怒り。
嫉妬。
執着。

それらを隠す余裕が消えていく。

「離れないと……思ってたわ……
隼人は……私のそばにいるのが
幸せだと思ってた……!」

隼人は冷たく切り捨てた。

「俺は誰のものでもない。
まして、お前のものでもない」

麗華の顔が歪む。

「じゃあ……なんで!
なんで私よりあんな地味な――」

――バンッ!!

隼人の手が、
机に置かれたUSBを叩きつけるように押した。

麗華がビクッと肩を揺らす。

「由奈を侮辱するな」

その声は
隼人ではないような低さだった。

「何度も言わせるな。
俺は由奈を――妻を愛してる」

麗華は、
その言葉に完全に息を呑んだ。

「……っ……隼人……っ」

隼人は立ち上がり、
冷たい目で麗華を見下ろした。

「麗華。
もう終わりだ」

麗華の指先が震え、
唇が青ざめていく。

「ま、待って……
誤解よ……私は……!」

「これ以上由奈に近づけば、
容赦はしない」

隼人の声は
低い刃物のようだった。



麗華の手が机を掴む。

「嫌……嫌よ……!
どうして……由奈なの……
私じゃ、駄目なの……?」

隼人は目をそらさず言った。

「最初から、選んだのは由奈だ」

麗華の仮面が、
その瞬間、音を立てて崩れた。

隼人はドアへ向かい、
振り返らずに告げた。

「麗華。
もうお前と話すことはない」

ドアが閉まる。

カチリ。

麗華はその場に崩れ落ちた。

隼人は
次の“決着”へ向かう。

祐真との対決――最終戦へ。