由奈を強く抱きしめたまま、
隼人は彼女の震えが少しずつおさまっていくのを
ただ黙って感じていた。
胸の奥が締め付けられる。
(どうして……
由奈はこんなにも怯えている?
なぜ“負担”なんて言葉が出る?)
昨日の夜もそうだった。
突然泣き出した由奈に、
「怖い」と言われたあの瞬間。
(……おかしい。
何かがおかしい)
由奈の背に腕を添えながら、
隼人の瞳は深く揺れ続けていた。
やがて由奈は、
泣き疲れたように小さく囁いた。
「……隼人さん……
わたし……大丈夫です……
だから……」
隼人は首を振った。
「大丈夫じゃない」
静かに、はっきりと。
「大丈夫な人間が……
こんな顔で……
荷物を持って出ていくわけない」
由奈は目を伏せ、
言葉を失う。
隼人は由奈の頬に触れ、
涙を拭った。
(この涙は……きっと由奈ひとりのものじゃない。
誰かが由奈を追い詰めた)
そう、はっきりと感じた。
「……由奈」
「はい……」
「“誰かに何か言われた”んじゃないか?」
由奈の肩が、びくっと震えた。
隼人はその反応を見逃さなかった。
(やっぱりだ)
「俺と由奈の間に……
誰が……何をした?」
問いかけは静かだったが、
胸の奥に鋭い痛みを秘めている。
由奈は必死に笑顔を作ろうとした。
「い、いえ……
誰もそんなこと……」
「嘘だ」
隼人の声は低く、苦しげ。
「由奈……
お前は嘘が下手だ」
由奈の涙がまた溢れる。
「……違うんです……
隼人さんのせいじゃ……」
「俺のせいじゃないなら、誰のせいだ」
由奈は言えない。
麗華の名前が頭に浮かぶたび、
胸が痛んだ。
(麗華さんは……
ただ“隼人さんのため”って……)
隼人は続ける。
「由奈……
‘負担になる’とか ‘迷惑’とか……
お前がそんな言葉を言うはずがない」
「……」
「お前は……
俺のことをそんな風に思ったことなんかないだろ」
由奈の喉が詰まる。
その姿が、逆に隼人を確信へ導いた。
(やはり…… “誰か”が言ったんだ)
ゆっくりと、
隼人の頭の中に
一人の女の名が浮かび上がる。
――西園寺麗華。
最近、やけに距離が近い。
相談に乗ると言いながら、
由奈を不安にさせる言葉を投げてきた気配。
昨日も、職場で噂を吹き込んでいた。
(まさか……麗華が……
由奈に何か言ったのか?)
もしそうなら――
とんでもないことだ。
隼人の胸に、
ゆっくりと黒い怒りが沸き上がった。
そのとき、
隼人のスマホが震えた。
画面を見ると――
麗華からのメッセージ。
由奈を抱いたまま、
隼人は画面を開く。
そこには短い文章。
《大丈夫? 由奈さん……泣いてたみたいだけど》
隼人の眉がゆっくりと動いた。
さらにもう一通。
《無理させないであげてね。
あの子、あなたに言えないことがたくさんあるみたい》
胸が冷たくなる。
由奈を守るように抱き寄せながら、
隼人は静かに息を吐いた。
(……やっぱり、お前か)
麗華の柔らかい笑顔。
心配そうな優しい声。
その裏に、
何が隠れているのか。
ようやく、隼人は気づき始めた。
(由奈を不安にさせ……
俺との間に溝を作っているのは……
麗華――お前だ)
胸の奥にあった優しさも遠慮も、
ゆっくりと消えていく。
残ったのはただひとつ。
――由奈を守るという、揺るぎない意志。
隼人は
由奈の頭にそっと手を置き、
小さく囁いた。
「もう大丈夫だ。
俺が……全部確かめる」
由奈は不安げに顔を上げた。
「隼人さん……?」
「由奈を泣かせた理由を……
俺は絶対に見逃さない」
その瞳には、
昨日までなかった強い光が宿っていた。
隼人は壁のテーブルへ視線を向ける。
そこには――
由奈が置いていこうとした“白い手紙”。
隼人はそっと歩き、
それを手に取った。
震える指で、
封を開ける。
由奈は息を止めた。
隼人は黙って読み進め、
最後の一行まで行った瞬間――
ゆっくりと目を閉じた。
胸の奥に痛みが走る。
(こんな手紙を書かせたのは……
俺じゃない)
(……誰かが、由奈に“嘘”を植えつけた)
目を開けたとき、
隼人の瞳は鋭く光っていた。
「――麗華だな」
その確信は揺らぎもしなかった。
由奈は驚き、言葉を失う。
「さあ、由奈。
これ以上……誰にも惑わされなくていい」
隼人は苦しげに、でも強く言った。
「俺が……守る」
由奈はその言葉に涙をこぼした。
でも――
その夜、まだ“本当の戦い”は始まっていなかった。
麗華はすでに、
次の一手を仕込んでいたからだ。
隼人は彼女の震えが少しずつおさまっていくのを
ただ黙って感じていた。
胸の奥が締め付けられる。
(どうして……
由奈はこんなにも怯えている?
なぜ“負担”なんて言葉が出る?)
昨日の夜もそうだった。
突然泣き出した由奈に、
「怖い」と言われたあの瞬間。
(……おかしい。
何かがおかしい)
由奈の背に腕を添えながら、
隼人の瞳は深く揺れ続けていた。
やがて由奈は、
泣き疲れたように小さく囁いた。
「……隼人さん……
わたし……大丈夫です……
だから……」
隼人は首を振った。
「大丈夫じゃない」
静かに、はっきりと。
「大丈夫な人間が……
こんな顔で……
荷物を持って出ていくわけない」
由奈は目を伏せ、
言葉を失う。
隼人は由奈の頬に触れ、
涙を拭った。
(この涙は……きっと由奈ひとりのものじゃない。
誰かが由奈を追い詰めた)
そう、はっきりと感じた。
「……由奈」
「はい……」
「“誰かに何か言われた”んじゃないか?」
由奈の肩が、びくっと震えた。
隼人はその反応を見逃さなかった。
(やっぱりだ)
「俺と由奈の間に……
誰が……何をした?」
問いかけは静かだったが、
胸の奥に鋭い痛みを秘めている。
由奈は必死に笑顔を作ろうとした。
「い、いえ……
誰もそんなこと……」
「嘘だ」
隼人の声は低く、苦しげ。
「由奈……
お前は嘘が下手だ」
由奈の涙がまた溢れる。
「……違うんです……
隼人さんのせいじゃ……」
「俺のせいじゃないなら、誰のせいだ」
由奈は言えない。
麗華の名前が頭に浮かぶたび、
胸が痛んだ。
(麗華さんは……
ただ“隼人さんのため”って……)
隼人は続ける。
「由奈……
‘負担になる’とか ‘迷惑’とか……
お前がそんな言葉を言うはずがない」
「……」
「お前は……
俺のことをそんな風に思ったことなんかないだろ」
由奈の喉が詰まる。
その姿が、逆に隼人を確信へ導いた。
(やはり…… “誰か”が言ったんだ)
ゆっくりと、
隼人の頭の中に
一人の女の名が浮かび上がる。
――西園寺麗華。
最近、やけに距離が近い。
相談に乗ると言いながら、
由奈を不安にさせる言葉を投げてきた気配。
昨日も、職場で噂を吹き込んでいた。
(まさか……麗華が……
由奈に何か言ったのか?)
もしそうなら――
とんでもないことだ。
隼人の胸に、
ゆっくりと黒い怒りが沸き上がった。
そのとき、
隼人のスマホが震えた。
画面を見ると――
麗華からのメッセージ。
由奈を抱いたまま、
隼人は画面を開く。
そこには短い文章。
《大丈夫? 由奈さん……泣いてたみたいだけど》
隼人の眉がゆっくりと動いた。
さらにもう一通。
《無理させないであげてね。
あの子、あなたに言えないことがたくさんあるみたい》
胸が冷たくなる。
由奈を守るように抱き寄せながら、
隼人は静かに息を吐いた。
(……やっぱり、お前か)
麗華の柔らかい笑顔。
心配そうな優しい声。
その裏に、
何が隠れているのか。
ようやく、隼人は気づき始めた。
(由奈を不安にさせ……
俺との間に溝を作っているのは……
麗華――お前だ)
胸の奥にあった優しさも遠慮も、
ゆっくりと消えていく。
残ったのはただひとつ。
――由奈を守るという、揺るぎない意志。
隼人は
由奈の頭にそっと手を置き、
小さく囁いた。
「もう大丈夫だ。
俺が……全部確かめる」
由奈は不安げに顔を上げた。
「隼人さん……?」
「由奈を泣かせた理由を……
俺は絶対に見逃さない」
その瞳には、
昨日までなかった強い光が宿っていた。
隼人は壁のテーブルへ視線を向ける。
そこには――
由奈が置いていこうとした“白い手紙”。
隼人はそっと歩き、
それを手に取った。
震える指で、
封を開ける。
由奈は息を止めた。
隼人は黙って読み進め、
最後の一行まで行った瞬間――
ゆっくりと目を閉じた。
胸の奥に痛みが走る。
(こんな手紙を書かせたのは……
俺じゃない)
(……誰かが、由奈に“嘘”を植えつけた)
目を開けたとき、
隼人の瞳は鋭く光っていた。
「――麗華だな」
その確信は揺らぎもしなかった。
由奈は驚き、言葉を失う。
「さあ、由奈。
これ以上……誰にも惑わされなくていい」
隼人は苦しげに、でも強く言った。
「俺が……守る」
由奈はその言葉に涙をこぼした。
でも――
その夜、まだ“本当の戦い”は始まっていなかった。
麗華はすでに、
次の一手を仕込んでいたからだ。

