幼馴染の影と三年目の誤解 ――その笑顔は、私に向かない

休憩室の扉が静かに閉まり、
麗華と由奈は向かい合った。

由奈は驚いたように姿勢を正し、
微かに震える声で言った。

「れ、麗華さん……
何かご用ですか……?」

麗華は優しげな笑顔を浮かべ、
椅子を引いてゆっくり座る。

その仕草には一切の敵意がない。
しかし、その“丁寧すぎる優しさ”が
由奈の胸に不安を落とす。

「由奈さん。
あなたと隼人のこと……
すごく心配で、声をかけに来たの」

その声音は、まるで“本当に味方”のようだった。

由奈は息をのみ、
胸の前で手をぎゅっと握る。

「……ご迷惑おかけして……すみません」

「迷惑なんかじゃないの。
むしろ……あなたの力になりたいのよ」

麗華は膝の上で指を組み、
静かに続けた。

「昨日の夜……
あなた、泣いていたでしょう?」

由奈の心臓が跳ねた。

(見られていた……)

目が揺れる。

麗華は優しく言う。

「泣いてもいいのよ?
人間なんだから。
でも……隼人は、どうかしら?」

「……隼人……さん……?」

麗華は、微笑みを保ったまま言葉を落とす。

「あなたの涙を“支える器”を
持っていると思う?」

由奈の胸がぎゅっと痛んだ。

言い返せない。

(隼人さんは優しい。でも……
触れるのも、言葉にするのも苦手で……
私を泣かせたくなくて、距離を置いちゃって……)

麗華はその“沈黙”を逃さなかった。

「ね?
今の隼人には……
あなたのことを受け止める余裕がないのよ」

由奈の視界が揺れる。

「それは……違います……
隼人さんは……私を……」

「“好き”だからこそ、
距離を置こうとしてるんじゃない?」

――胸の奥が、崩れた。

麗華は、たった今割れたその隙間に、
静かに刃を差し込む。

「ねぇ、由奈さん。
隼人、言ってたわよ?」

由奈は目を上げる。

麗華の声は、深く、低く――
嘘と真実を混ぜた“プロの囁き”だった。

「“俺じゃ、由奈を支えられない”って」

呼吸が止まった。

(そんな……
言ってない……
昨日は“離れないで”って……
“そばにいて”って言ってくれたのに……)

脚が震える。

麗華は続けた。

「昨日、あなたに話さなかったのね。
優しいからでしょう?」

優しい声。だが――
その実、残酷な刃。

「隼人、あなたを泣かせたことで……
かなり落ち込んでたわ」

(そんな……隼人さん……)

麗華はさらに畳みかける。

「でもね。
“自分といると由奈が壊れる”って……
本気で思っているみたい」

由奈の胸が軋む。
息が苦しくなる。

“祐真の言葉”
“噂”
“偽メッセージ”

それら全てが、
この麗華の言葉で一つにつながってしまった。

――私が隼人さんを苦しめてる。

――私がそばにいるから、隼人さんは悩んでる。

――私は……迷惑。

麗華はゆっくり立ち上がり、
由奈の肩にそっと触れた。

「だからね、由奈さん」

顔は優しい。
瞳は冷たい。

「あなたのほうから隼人のために
“少し離れてあげたほうがいい”と、
私は思うわ」

由奈の心が崩れる音がした。

麗華は最後に、とどめを刺す。

「愛しているなら……
手放してあげるのも“優しさ”よ」

由奈の目から、
ぽたりと涙が落ちた。

それを見て、麗華は満足げに微笑む。

「泣かないで。
ね?
あなたは……間違ってない」

一番間違っているのは麗華だ。

でも――
今の由奈には、それが分からなかった。

麗華は踵を返し、
休憩室の扉を静かに閉じる。

カチリ。

その小さな音が、
由奈には“運命が閉じた音”のように聞こえた。

そして――
由奈は、ついに決意してしまう。

(……隼人さんのために……
私は……離れたほうがいい)

これが、麗華の“最後通告”だった。