夜の街には小雨が降り、
その雫が街灯に反射して滲んでいた。
由奈はマンションの入口で足を止めたまま、
動けずにいた。
エントランスの灯りは温かいのに、
一歩踏み出す勇気が出ない。
(……“帰らないほうがいい”
隼人さんがそう思ってる……)
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
(私がそばにいると……
隼人さん、苦しいんだよね)
雨が由奈の肩に落ちた。
その冷たさで、
涙が落ちたことに気づいた。
(……どうしよう)
昨日はすぐそばで抱きしめてくれた。
でも今日は――
“帰ってくるな”と思われている。
それが何より辛かった。
一方、
隼人は家のリビングにひとり座っていた。
つけた覚えもないテレビの明かりが、
部屋の白壁に揺れている。
(由奈……まだ帰ってこない)
時計を見る。
19:20。
普段ならもう家にいるはずの時間。
(祐真の言葉……気にしてるのか?
俺と一緒にいると……壊れるとか……
あんな嘘を……)
ふいに胸が痛む。
(……でも由奈が、
泣いて、震えて……
俺に触れられなかったのも……事実だ)
とん、と胸に鈍い痛みが走る。
(俺が……由奈から離れたほうがいいのか?)
いや、違う。
離れたくない。
だけど――
どうしたらいいのか分からない。
(帰ってきてほしい……
でも帰ってきたら……
俺はどう接すればいい?)
答えは出ない。
隼人は拳を握りしめたまま、
深く項垂れた。
その頃――。
由奈は、マンションの裏にある
24時間営業のファミレスに入った。
雨宿りのつもりだった。
がらんとした夜の店内。
窓際の席に座ると、
温かい空気が弱々しく肌を撫でた。
店員に勧められるまま、
ホットミルクティーを頼む。
湯気が立つカップに、
由奈の濡れた涙が一滴落ちた。
(隼人さん……ごめんなさい……
どうしたらいいか分からないんです……)
泣き声は、
誰にも届かない。
隼人はリビングでソファに座ったまま、
スマホを手にしていた。
由奈へメッセージを打とうとして——
やめる。
(……プレッシャーになるかもしれない)
また打とうとして——
消す。
(怖がらせるかもしれない)
胸が痛くてたまらない。
(どうして……
どうしてこんなに下手なんだ俺は……)
気づけば隼人の指は
由奈の名前をタップしていた。
画面には、
昨日の“震える由奈”の姿しか浮かばない。
(怖がらせたくない。
でも……声が聞きたい)
葛藤に濡れたまま、
隼人はため息を一つだけ落とした。
ファミレスで、
由奈はふとスマホを見た。
そこには通知が一つもない。
(……隼人さん、
何も言わない……)
画面がにじんだ。
(本当に……
距離を置きたいって……
思ってるのかな……)
そのときだった。
ピコン。
メッセージが届く。
胸が跳ねる。
画面を開いた。
送り主は——
祐真
由奈の手からスマホが落ちそうになる。
震える指で開く。
《今どこ?
心配だから迎えに行く》
(……なんで……)
そのとき店の入口が開き、
濡れたコートを脱ぎながら
祐真が店内に入ってきた。
由奈の背筋が凍る。
(来ないで……
お願いだから……)
祐真は店内を見渡し、
由奈を見つけて笑った。
歩み寄ってくる。
「……やっぱりいた。
こんなとこで何してんの?」
由奈の心臓が跳ねる。
(いやだ……)
「隼人と……何かあったんだろ?」
由奈は首を振った。
「大丈夫です……私は……」
「嘘つくなよ」
祐真は一歩近づく。
「どうせあいつ、
また泣かせたんだろ」
由奈の心がざわつく。
「……違います……
隼人さんは……そんな……」
「ならどうしてこんな夜にひとりでいる?」
祐真の言葉は容赦ない。
逃げ場のない問い。
そして祐真は、
さらっと嘘を混ぜて落とす。
「隼人が“帰らないでほしい”って言ったんだろ?」
由奈の心は音を立てて崩れた。
(……麗華さんのメッセージ……
やっぱり……やっぱり本当なんだ……)
祐真はにやりと笑う。
「なぁ、由奈。
もう無理すんなよ。
俺のとこに来ればいいだろ?」
由奈の呼吸が止まる。
(いや……いや……)
祐真の手が伸びる。
「ひとりで泣いてるより……
俺のほうが……」
その瞬間、
ファミレスの入口のベルが鳴った。
由奈も祐真も振り返る。
そこに立っていたのは――
隼人
濡れたスーツ、
強く握りしめた拳、
荒い息。
そして——
由奈をまっすぐに見つめる、
壊れそうな瞳。
祐真が笑う。
「来たか。
迎えに?」
隼人は一歩踏み込む。
声は低く、
震えていた。
「……帰るぞ、由奈」
由奈の喉が詰まる。
(……隼人さん……)
そして次の言葉が、
由奈の胸を貫いた。
「……頼むから……
俺のそばにいてくれ」
隼人の声は、
涙を必死に堪えているように震えていた。
その一言で、
由奈の視界が涙で滲んだ。
(やっぱり……
離れたくないのは……
私だけじゃなかったんだ……)
その夜、
離れていたふたりは――
ようやく再び重なろうとしていた。
だが。
麗華の“次の罠”が、
すぐそこまで迫っていた。
その雫が街灯に反射して滲んでいた。
由奈はマンションの入口で足を止めたまま、
動けずにいた。
エントランスの灯りは温かいのに、
一歩踏み出す勇気が出ない。
(……“帰らないほうがいい”
隼人さんがそう思ってる……)
胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
(私がそばにいると……
隼人さん、苦しいんだよね)
雨が由奈の肩に落ちた。
その冷たさで、
涙が落ちたことに気づいた。
(……どうしよう)
昨日はすぐそばで抱きしめてくれた。
でも今日は――
“帰ってくるな”と思われている。
それが何より辛かった。
一方、
隼人は家のリビングにひとり座っていた。
つけた覚えもないテレビの明かりが、
部屋の白壁に揺れている。
(由奈……まだ帰ってこない)
時計を見る。
19:20。
普段ならもう家にいるはずの時間。
(祐真の言葉……気にしてるのか?
俺と一緒にいると……壊れるとか……
あんな嘘を……)
ふいに胸が痛む。
(……でも由奈が、
泣いて、震えて……
俺に触れられなかったのも……事実だ)
とん、と胸に鈍い痛みが走る。
(俺が……由奈から離れたほうがいいのか?)
いや、違う。
離れたくない。
だけど――
どうしたらいいのか分からない。
(帰ってきてほしい……
でも帰ってきたら……
俺はどう接すればいい?)
答えは出ない。
隼人は拳を握りしめたまま、
深く項垂れた。
その頃――。
由奈は、マンションの裏にある
24時間営業のファミレスに入った。
雨宿りのつもりだった。
がらんとした夜の店内。
窓際の席に座ると、
温かい空気が弱々しく肌を撫でた。
店員に勧められるまま、
ホットミルクティーを頼む。
湯気が立つカップに、
由奈の濡れた涙が一滴落ちた。
(隼人さん……ごめんなさい……
どうしたらいいか分からないんです……)
泣き声は、
誰にも届かない。
隼人はリビングでソファに座ったまま、
スマホを手にしていた。
由奈へメッセージを打とうとして——
やめる。
(……プレッシャーになるかもしれない)
また打とうとして——
消す。
(怖がらせるかもしれない)
胸が痛くてたまらない。
(どうして……
どうしてこんなに下手なんだ俺は……)
気づけば隼人の指は
由奈の名前をタップしていた。
画面には、
昨日の“震える由奈”の姿しか浮かばない。
(怖がらせたくない。
でも……声が聞きたい)
葛藤に濡れたまま、
隼人はため息を一つだけ落とした。
ファミレスで、
由奈はふとスマホを見た。
そこには通知が一つもない。
(……隼人さん、
何も言わない……)
画面がにじんだ。
(本当に……
距離を置きたいって……
思ってるのかな……)
そのときだった。
ピコン。
メッセージが届く。
胸が跳ねる。
画面を開いた。
送り主は——
祐真
由奈の手からスマホが落ちそうになる。
震える指で開く。
《今どこ?
心配だから迎えに行く》
(……なんで……)
そのとき店の入口が開き、
濡れたコートを脱ぎながら
祐真が店内に入ってきた。
由奈の背筋が凍る。
(来ないで……
お願いだから……)
祐真は店内を見渡し、
由奈を見つけて笑った。
歩み寄ってくる。
「……やっぱりいた。
こんなとこで何してんの?」
由奈の心臓が跳ねる。
(いやだ……)
「隼人と……何かあったんだろ?」
由奈は首を振った。
「大丈夫です……私は……」
「嘘つくなよ」
祐真は一歩近づく。
「どうせあいつ、
また泣かせたんだろ」
由奈の心がざわつく。
「……違います……
隼人さんは……そんな……」
「ならどうしてこんな夜にひとりでいる?」
祐真の言葉は容赦ない。
逃げ場のない問い。
そして祐真は、
さらっと嘘を混ぜて落とす。
「隼人が“帰らないでほしい”って言ったんだろ?」
由奈の心は音を立てて崩れた。
(……麗華さんのメッセージ……
やっぱり……やっぱり本当なんだ……)
祐真はにやりと笑う。
「なぁ、由奈。
もう無理すんなよ。
俺のとこに来ればいいだろ?」
由奈の呼吸が止まる。
(いや……いや……)
祐真の手が伸びる。
「ひとりで泣いてるより……
俺のほうが……」
その瞬間、
ファミレスの入口のベルが鳴った。
由奈も祐真も振り返る。
そこに立っていたのは――
隼人
濡れたスーツ、
強く握りしめた拳、
荒い息。
そして——
由奈をまっすぐに見つめる、
壊れそうな瞳。
祐真が笑う。
「来たか。
迎えに?」
隼人は一歩踏み込む。
声は低く、
震えていた。
「……帰るぞ、由奈」
由奈の喉が詰まる。
(……隼人さん……)
そして次の言葉が、
由奈の胸を貫いた。
「……頼むから……
俺のそばにいてくれ」
隼人の声は、
涙を必死に堪えているように震えていた。
その一言で、
由奈の視界が涙で滲んだ。
(やっぱり……
離れたくないのは……
私だけじゃなかったんだ……)
その夜、
離れていたふたりは――
ようやく再び重なろうとしていた。
だが。
麗華の“次の罠”が、
すぐそこまで迫っていた。

