幼馴染の影と三年目の誤解 ――その笑顔は、私に向かない

リビングの空気は、重く、冷たく沈んでいた。

さっきまで灯りの暖かさがあったはずなのに、
今は照明の色さえどこか冷えたように見える。

由奈の手は、まだ震えていた。
偽りのメッセージの衝撃が胸に残ったまま、
隼人の声が遠く響く。

「麗華を信じるな!」

強い声ではない。
しかし、隼人がこんなふうに声を荒らすのは珍しい。

その必死さが、
由奈には“怒り”として刺さってしまう。

胸の奥がぎゅっと凍りつく。

「……麗華さんは……」
声が震える。

「隼人さんのこと……ずっと昔から知ってて……
仕事も……私よりずっと……」

「それが何だって言うんだ!」

隼人の即答に、
由奈は息を呑んだ。

涙が滲む。

(怒ってる……やっぱり……)

隼人の胸にも、
鋭い痛みが広がっていた。

(どうして……まだ麗華を信じる?
俺の言葉より、麗華の言葉のほうが……重いのか?)

その小さな疑問が、
隼人の心に深い傷となって刻まれる。



隼人は由奈へ一歩近づき、
声を落とした。

「由奈。
さっきのメッセージは……俺じゃない。
本当に、送っていない」

苦しいほどの真剣さ。

けれど――
由奈の心には届かない。

胸の奥では、麗華の言葉が
まだ響いている。

——隼人が距離を置きたいって、
本当に悩んでいたの。

(あれが嘘だなんて……
信じたい、信じたいけど……)

揺れる心は答えを出してくれない。

由奈は小さく首を振った。

「……でも……
麗華さんは、隼人さんがそう言ってたって……」

隼人の表情から血の気が引いた。

「……由奈。
俺はいつ、麗華にそんなことを言った?」

その問いに、
由奈は返答できなかった。

喉がつまって、
言葉が出てこない。

(言ったのは麗華さんのはず……
でも、それを隼人さんの前で言うなんて……
そんなこと、できない……)

沈黙。

その沈黙が、
隼人にとっては“拒絶”にしか見えなかった。

(……信じてもらえない)

胸が痛い。
痛くて、苦しくて、息がうまくできない。

「どうして……俺を信じてくれない?」

隼人の声は震えていた。

怒りではなく、
悲しみが滲む声。

その声さえ、
由奈には責められているように聞こえてしまう。

「……違います……
信じてないわけじゃ……ないんです……」

「じゃあ、どうして言ってくれない?」

隼人が一歩近づく。

由奈は思わず身を引いた。

その一歩が、
隼人の胸を鋭く切り裂いた。

(避けられた……)

触れたいのに。
触れたら泣かせるかもしれない。
だから触れられない。

その葛藤が、
隼人の全てを止める。

由奈は、
隼人が触れないことをこう思ってしまう。

(やっぱり……触れたくないんだ)

互いの本音はすれ違い、
傷だけが深まる。



重い沈黙が落ちた瞬間。

由奈のスマホが震えた。

《祐真:少し話せるか?》

その名前を見た隼人の表情が、
一瞬で変わった。

嫉妬。
焦り。
怒り。
恐怖。

全てが混ざり合ったような目。

「……誰からだ」

その低い声に、
由奈の心臓が強く跳ねた。

答えられない。

言えるわけがない。

どんな答えでも、
隼人を傷つける。

だから――沈黙。

その沈黙こそが、
隼人を最も傷つけた。

(……嘘だろ)

胸が冷たくなる。

(祐真……また近づいてるのか?
それを……由奈は俺に言わないのか?)

隼人は震える声で言った。

「……由奈。
俺じゃなくて……
祐真に相談したいのか?」

由奈は首を振る。

強く、強く振る。

でも声が出ない。

「違います……!
そうじゃ、なくて……」

「じゃあ答えてくれ」

隼人の声がかすれる。

「どうして……
俺には言わないんだ……?」

由奈が泣きそうになってうつむく。

隼人の胸がまた裂けた。

(ああ……また泣かせてる……
触れたいのに……触れられない……)

苦しさが膨張し、
隼人の手が震えたまま下に落ちる。

ふたりの距離は、
また遠くなった。

信頼は、
ゆっくりと、確実に壊れ始めていた。