幼馴染の影と三年目の誤解 ――その笑顔は、私に向かない

昼休みの終わり。
休憩室から戻る途中、
由奈は胸の奥のざわつきを抱えたまま歩いていた。

麗華に言われた言葉が、
頭の中で何度も何度も反芻される。

――嫉妬って、重なると“冷める”こともある。
――男って、そういう生き物よ?
――帰る場所が変わってしまうかもね。

(……そんなはず、ない。
……ないはずなのに)

震えそうな手をぎゅっと握りしめ、
なんとか深呼吸したその時。

「あら、由奈さん?」

背後から、
控えめに優しい声がした。

麗華だ。

由奈は振り返り、
ぎこちなく笑う。

「……あの、さっきはすみません。
忙しいのに、色々……」

「謝らなくていいのよ」
麗華は、慈母のような微笑みを見せた。
その笑みが優しいほど、由奈は胸が痛む。

「私はただ……
隼人のためを思って言っているだけだから」

(隼人さん……のため?)

麗華は、周りに人がいないことを確認してから
わずかに声を潜めた。

「ねえ、片岡さん。
祐真くんのこと……
隼人には言わないつもり?」

由奈の肩がびくっと跳ねた。

「そ、それは……」

麗華はため息をついた。
まるで、由奈の“未熟さ”に同情するように。

「隼人が“奥さんは正直に話さない”って思ったら、
どう感じると思う?」

(……どう、感じる?)

分からない。
怖い。

麗華は、一拍置いて優しい声で続けた。

「隼人ってね、信頼してる相手には
全部話してほしいタイプなの。
……昔から、そうだった」

由奈の胸が痛む。
隼人が麗華には、何でも話していたのだろうか。

(私……隼人さんに、隠してる……?)

そう思った瞬間、心がきゅっと縮んだ。

麗華はすぐに由奈の反応を読んで、
さらに言葉を重ねる。

「でも、由奈さんが祐真くんのことを
“わざと隠してる”んじゃないなら……
説明すれば、隼人だって誤解しないわ」

(……説明って、どうやって?
あんな、情けない別れ方……)

祐真が言い捨てた言葉が蘇る。

――泣く女って一番嫌いなんだよ。
――お前じゃ、俺を支えられない。

(言えない……。
そんなこと、言えない……)

麗華は、由奈の沈黙を利用するように
柔らかく微笑んだ。

「大丈夫よ。
どんなに過去があっても、
“正直な女の人”のほうが……
隼人には合うから」

(正直じゃない私は……
隼人さんに、合わない?)

不安が胸の奥にじわりと広がる。

麗華はとどめのように囁いた。

「祐真くんと会って震えてたの、
隼人は“怖かったんじゃないか”って思ってたわよ。
……でも違うんでしょう?」

由奈は何も答えられない。

違う。
“怖かった”のは、祐真ではなく――
自分がまた嫌われるのが怖かっただけ。

麗華は小さく目を伏せ、
あたかも心配している風に言った。

「黙っていると、余計に誤解されるものよ。
隼人まで離れてしまったら……
あなた、耐えられる?」

由奈は息が止まりそうになった。

(耐えられない……
絶対に耐えられない……)

麗華は、由奈の反応に満足したように
柔らかな笑みを浮かべた。

「隼人には……
ずっと私も心配してるって伝えておくわね」

その言い方は、
まるで“隼人を支えるのは私”と言っているようだった。

麗華はコーヒーを飲み干し、
優雅な仕草で席を立つ。

「由奈さん、
大丈夫よ。
……私が、隼人を支えるから」

そして去っていく。

その言葉の残滓が、
由奈の心に深い傷を残した。

(……私じゃ、支えられない?)

視界が滲む。

麗華の誘導は完璧だった。
優しさの仮面の裏で、
由奈の心の弱い部分だけを丁寧に削っていく。

そして由奈は、
その罠に静かに落ち始めていた。