一方その頃、雪蘭は神泉に身を浸していた。
あまりの冷たさに女たちの唇は
一様に青くなっていた。
水の冷たさが肌を刺す。
だがその痛みすら、
祈りの一部のように感じる。

閉じていた目を開けて
雪蘭が泉の底をのぞき込むと、
何やら青緑の光が揺らいでいる。
気になって目を凝らすと、
巨大な影がゆらりと現れるではないか。

甲羅を持つ亀、長くしなやかな尾――玄武。

息を呑む雪蘭。
隣りにいたとある国の妃が
怪訝な顔をして雪蘭を一瞥する。
彼女には全く見えていないようだ。
玄武を凝視する雪蘭。
玄武も一瞬、
彼女の方を見上げるように目を細めた。

(……私を、見ている?)
その瞳は人のそれではなかった。
だが不思議と、恐怖はない。
むしろ胸の奥に、懐かしさに似た温かさが満ちていく。

玄武はゆっくりと姿を消した。
その瞬間、雪蘭は確信した。
――彼らは私たちを「見ている」のだ。
青龍も、白虎も、朱雀も。
加護を与えるに相応しい国主は誰なのか、
見極めるために。

開闢の儀の時、
神官は神はまだ眠りの内にあると言ったが、
我々が気づかなかっただけ。
彼らは目覚めていた。
もともと視える体質であった雪蘭は
神事を通して霊力が高まり、
遂に幻獣の姿をはっきりと捉えることができたのだろう。

何か今までとは違うことが起こる予感に
雪蘭は身震いをするのだった。