一方その頃、
凌暁も夜明け前に目を覚ましていた。
昨夜、焚き火の番をしているとき、
遠い山の稜線の向こうに
彼は不思議な光を見た。
 
白く、柔らかく、まるで霧のように揺れる光。
他の者は誰も気づいていないようだったが、
その光は確かにあった。

――あれは……何だったのか。

ほんの一瞬の出来事。
けれどその光を見た時、
不思議と胸の奥に“温かいもの”が灯るのを感じた。
戦場でも、政治の駆け引きの中でも
感じたことのない穏やかな感情。

彼は無意識に昨日の馬車の中での
雪蘭の言葉を思い出す。
彼女は人ならざるものが視える、
というのは知っていた。
彼女が見た鹿は、
昨日自分が見た光と何か関係があるのだろうか。

その時、
遠くの森の奥で――白い鹿が一度、首をもたげた。
そして満足げに目を細め、
霧のようにその姿を消した。