昼休みの教室。

結衣は友人たちとお弁当を広げていた。

何気ない会話の中で、突然ひとりのクラスメイトが口にした。



「ねえ結衣、ほんと? お母さん、赤ちゃんできたって」



箸が止まる。

耳の奥で血の音が響く。

「……え?」

と聞き返した声は震えていた。



「ほら、うちのママが病院で聞いたって。すごいよね、45歳で!」

無邪気な笑顔と一緒に放たれた言葉は、結衣の胸に鋭く突き刺さった。



友人たちがざわめく。

「すごい! 若いママだって思ってたけど……」

「でも、弟か妹できるなんて羨ましいな」



結衣は笑おうとした。

「……まあ、そうみたい」

けれど、声はかすれていた。



放課後、帰り道で仲のいい友人・彩香が心配そうに並んだ。

「結衣、大丈夫? 嫌だった?」

「……別に」

言いながらも、喉の奥が苦しくなる。



「正直、ちょっと恥ずかしいよ。だって……私、もうすぐ二十歳なのに」

吐き出すように言ったその瞬間、涙がこぼれた。

彩香は黙ってハンカチを差し出した。



帰宅すると、美香がキッチンで夕食の準備をしていた。

「おかえり。今日はどうだった?」

「……普通」

背を向けたまま答えるのが精一杯だった。



部屋に戻り、ベッドに顔を埋める。

頭の中でクラスメイトの笑い声がこだまし、母の大きくなり始めたお腹の姿と重なった。



──私、本当に“お姉ちゃん”になれるの?



結衣の胸に新しい葛藤が渦巻いていた。