「おはよー」
「あ、おはよー凛果!!
聞いてよ、ももちゃんが好きな人できたんだってー!!」
明らかに恋バナをする時の声量ではない。
クラス全体に余裕で響き渡る声を誇る紗夏に恋愛相談なんて自爆行為だ。
「え、ももちゃんが?本当?」
───やっぱり、私は恵まれている。
お金で困ることはないし、友達関係もある程度築いている。
それがどれだけ大変なことか、きっと紗夏は知らないだろうな。
西宮紗夏は俗にいうクラスの一軍女子だ。
明るくて噂話が好きだけど、決して嫌な人ではない。
悪口は言わないし紗夏なりの正義がある。
紗夏が男女問わず愛される理由がわかるような言動で、それでいて妬まれたり恨まれたりしないのだから凄いなぁと思う。
嫌われないように必死で、紗夏みたいな“いい人”を演じている私がバカみたいになってくる。
「え、なになに?萌々奈、もしかして蘭くんのことを…?」
乱入してきた葵依ちゃんが少し抑えた声でももちゃんに話しかけると、途端に顔を赤くしてこくんと頷いた。
どうやら、きぃちゃんの予想が図星だったようだ。
「えーっ!!似合ってるよ、もう告白しちゃえば!?」
恋愛話が好きな女子は人の恋バナほど気になるらしい。
私はそんなに気にならないけど、気づけばその“蘭くん”を目で追っていた。
蘭くん…か。
自由奔放な彼は制服を着崩しており、誰かと喋っているのは珍しく、いつも本を読んでいた。
隙あらば遊びふざける、そこら辺の男子とは違う気品とオーラがあって。
なんとなく話しかけづらいな、って思ってる。
「…てか、ひろちゃんって好きな人いんの?」
“ひろちゃん”…私だ。
「えー、私?いないいない。
恋愛ってあんまり興味なくてさ!」
空気を読むのは上手い方だと思う。
小学校の頃「空気は読むものじゃなくて吸うものだし!」なんて言いながら余計な正義感を振り翳していた。
あの後のことを思い出すと胸が張り裂けそうになるから、なるべく思い出さないようにしてるけど。
人は、真面目に言われるよりもヘラヘラ笑いながら冗談気味に言った方が嫌われないものだ。
小学生で痛いほど学んだ「嫌われない術」を生かさなきゃ。
…早く、放課後になってくれないかな。
私の味方は、月階段しかいないんだから。



