「…ん、」


寝ぼけ眼でアラームを止めて、スマホを起動する。

もう、朝だった。


月曜日、ということは。


学校がある、けど…家にいるよりはずっとマシ。



「おはよう」

律儀に挨拶をしなければ、「凛、挨拶は」と言われることは明確だ。

お父さんに声をかければ、「おはよう」とパソコンに目を向けたまま返された。


いつもお父さんはニュースを見ているらしいが、私にはテレビを見ながらご飯を食べるのを禁止しているくせにお父さんは許されるなんて…と、愚痴をこぼす。

もちろん、その愚痴は心の中に留めておいて、常に口元には笑みが浮かんでいるんだけど。



お父さんに対しての不満は数え切れないくらいある。


例えばお風呂。

お風呂に入ろうとした途端「あぁ、ごめんごめん」と言いながら洗面所の歯磨きをとるし、一度「ねぇそれやめてよ〜」と言ったら“貧弱娘の胸やら尻やらを見たいわけがあるか”と笑われた。


中学生だって立派な乙女だし、当時はすっごい傷ついたけど。

かといってお父さんに口出しをできるわけがない。



お父さんがいるから私は家が嫌いだし、かといって学校も好きじゃないし。

結局、私に逃げ場などどこにもない。


食パンを齧りながら、お父さんのためにあるバターを避けて、ジャムを塗る。


勝手に使うと怒られるので、私はお父さんがタバコを吸いにベランダに出る時にこっそりつけるのだ。




テレビも付いていない、会話もひとつもない。


静かな、かといって優雅ではない朝食を終えようとしたその時、突然玄関のチャイムが鳴った。



『広瀬(りょう)さーん、お届け物です』



インターフォンから聞こえる声は、お父さんの名前だ。


「何してんの凛、早く受け取ってきて?」


…自分から行かないところ、も、やっぱり嫌いだ。


「わ、ごめんごめん!ぼーっとしてたわ」

今行ってくる、と廊下を足早に歩く。


笑顔を張り付けて、全力で演技をする。


ひとりになれるのは、お風呂のときと放課後の十分だけ。


「はーい、ありがとうございます」


にこやかに荷物を受け取る。

お父さんの本だろうか。大きめの封筒に入っているのは明らかに分厚い紙だと思われる。


「そこ置いといて」


“ありがとう”の言葉なんて期待してない。


でもなんか、なんか息苦しいの。



知ってるよ、恵まれてることなんて。


幼い頃から遊園地や旅行に、半年に二回は行ってたし。


今でも一ヶ月に何度かは外食をするし。


お父さんの稼ぎだけで、弟と母を含めた四人で暮らせることがどれだけすごいか、知ってる上で。



それでも、息苦しいなって思う。



恵まれている私がこんなこと言っちゃいけないってわかってるけど、どうしてもどうしても、心が疲れてしまう。


食べかけのトーストに塗られたジャム。


耳の部分を引きちぎりながら、ただ口に入れようとひたすら噛んでは飲み込むことを繰り返した。