恋愛アルゴリズムはバグだらけ!?~完璧主義の俺が恋したらエラー連発な件~

「……データだけじゃ無理かもしれない」



 前回の反省を踏まえ、俺──田中優太は新たな手を考えていた。



 数値化で失敗したなら、もっと高度なアプローチをすればいい。



 ──つまりAIだ。



「そうだ。AIなら、歩美の行動データから"最適なアプローチ"を導き出せるはず……!」



 俺は夜な夜な研究室のPCに向かい、コードを書き始めた。



 題して【Love Optimization System(通称LOS)】。





 画面には、歩美のプロフィールデータがずらりと並ぶ。



好きな飲み物:カフェラテ(週3回)



よく使う言葉:「えーっと」「なるほどー」



苦手そうなもの:辛い食べ物



行動パターン:昼食12:15~13:00、休憩にスマホで占いアプリ閲覧



 さらに、俺が密かに収集した「会話時の表情ログ」や「笑顔発生確率」も加えた。



 完璧だ。これでAIは彼女に最適化された"攻略ルート"を出してくれるだろう。



「機械学習の真骨頂を見せてやる……!」



 俺は意気込んで、パラメータを調整し始めた。



 決定、ランダムフォレスト、ニューラルネットワーク……使えるアルゴリズムは全部投入だ。



「よし、トレーニングデータも充実している。俺の観察記録10日分、歩美の反応パターン342件。これで完璧な予測モデルができるはずだ」







「……いざ、実行!」



 Enterキーを押す。



 黒い画面にテキストが走り、やがて答えが表示された。



【推奨行動:赤いバラ100本を贈呈せよ】



「……」



 俺は5秒ほど固まった。



「なんでいきなりプロポーズレベルの選択肢になるんだよ!?」



 AIはさらに提案してくる。



【推奨行動:研究室のドア前で三時間待機し、彼女を迎えよ】



【推奨行動:彼女の好きなカフェラテを一週間分まとめ買いして冷蔵庫に保存せよ】



「いやストーカーか!? お前、俺を社会的に葬る気か!?」



 どうやらAIは「データの極端化」を起こしているらしい。カフェラテが好き→大量に贈れ、待つ時間が長い方が良い→永遠に待て、という具合に。



「これは……オーバーフィッティングか?」



 機械学習でよくある問題だ。訓練データに過度に最適化されて、現実的でない結果を出してしまう。











 机をバンッと叩いたその瞬間。



「……田中先輩?」



「うわっ!」



 振り返ると、そこには後輩の石倉歩美が立っていた。



 ノートを抱えたまま、不思議そうに俺を見ている。



「さ、ささささ歩美!?」



「いきなり大きな声出してどうしたんですか?」



「い、いや、これは……その……研究だ!」



「へぇ~。どんな研究ですか?」



 やばい。まさか"恋愛AI作ってます"なんて言えるわけがない。



「こ、恋愛……じゃなくて! れ、冷蔵庫の最適化! ほら、飲み物のストックとかを……効率的に……」



「ふふっ」



「な、なにがおかしい!?」



「いえ、田中先輩って、研究のことになると急に早口になるから」



 歩美は笑って、机にノートを置いた。



 俺の心臓はバクバクだ。AIなんて使わずに自然に話せたら、それが一番の攻略法なんじゃないか……?



 そんな考えが一瞬よぎったが──すぐに打ち消した。



「ち、違う! これはまだテスト段階で──」



 その時、AIがまた勝手に動き出した。



【推奨行動:今すぐ「君の瞳は星のように輝いている」と告白せよ】



「ぶふっ!!」



 思わず吹き出しそうになり、慌ててモニターを閉じた。



「え? どうかしました?」



「な、なんでもない! 気にするな!」



 あぶねぇ……危うくマニュアル通りの大惨事になるところだった。





 歩美が去った後、大輔がやってきた。



「よう、優太。今度は何やってんだ?」



「AI開発だ。恋愛を最適化するシステムを……」



「はぁ!? 今度はAIかよ!」



 大輔は俺の画面を覗き込んで絶句した。



「『赤いバラ100本』って……お前、マジでやばいぞ」



「AIが最適解だと言ってるんだ。データに基づいた科学的な判断だ」



「科学的って……これ完全にホラーじゃん!」



 大輔は頭を抱えた。



「なぁ優太、お前さっき石倉さんと普通に話せてただろ? それでいいじゃん」



「普通に……?」



「そうだよ。AIとかデータとか関係なく、自然に会話してたじゃん」



 大輔の言葉に、俺は考え込んだ。確かに歩美と話している時は、緊張はしたものの会話は成立していた。



「でも俺は……」



「『でも』じゃねぇよ。お前の問題は、考えすぎることなんだって」











 研究室を出たあと、俺は図書館へ逃げ込んだ。



 静香が相変わらずカウンターで本を整理している。



「あれ? 田中さん、今日は顔が赤いですね」



「……気のせいだ」



「また妙な研究してたんですか?」



「……AIで恋愛をシミュレーションしてみたんだが」



「ええ!? ほんとにやっちゃったんですか!?」



 静香は思わず笑い出した。



「で、どんな答えが出たんです?」



「赤いバラ100本とか、三時間待ち伏せとか……」



「ぷっ……はははっ! それ、ホラーじゃないですか」



「笑い事じゃない! 俺は真剣なんだ!」



「ごめんなさい。でも……やっぱりAIには無理ですよ。人の気持ちは、そんな単純に計算できないですから」



 静香の言葉に、俺は肩を落とす。



「……分かってる。だが、俺にはそれしか方法が──」



「田中さんは十分方法を持ってると思いますけどね」



「は?」



「だって、私とこうして自然に話せてるじゃないですか」



 静香の微笑み。



 それは、AIがどんなアルゴリズムでも出せない"解"だった。



「それに……」



 静香は少し恥ずかしそうに言った。



「田中さんの一生懸命さは、とても素敵だと思います。AIを作ってまで相手のことを考えるなんて、普通の人にはできませんよ」



「でも結果は散々だ……」



「結果より、気持ちが大切なんじゃないでしょうか」



 翌日、高橋先輩に相談してみた。



「恋愛AI……面白い発想ですね。どんなアルゴリズムを使ったんですか?」



「決定木とニューラルネットワークを組み合わせて……」



「ああ、それでオーバーフィッティングが起きたんですね」



「はい……」



「田中くん、AIの限界をご存知ですか?」



「学習データの範囲内でしか判断できない、ですか?」



「そうです。そして恋愛は、既存のパターンに当てはまらない『例外』の連続なんです」



 高橋先輩は優しく説明してくれた。



「人間の感情には『文脈』や『関係性』といった、数値化困難な要素が多すぎる。AIはその部分を補完できないんです」



「つまり……」



「つまり、人と人とのコミュニケーションには、やはり『人間らしさ』が必要なんです」









《WARNING:AIモデルが現実世界と乖離しています》



 俺の頭の中で、そんな警告が鳴り響いた。



 その夜。



 俺はAIのコードを見つめながら、深いため息をついた。



「やっぱり……感情はプログラムできない、か」



 最後にもう一度AIに質問してみることにした。



「恋愛における最適解とは何か?」



 しばらく処理時間を経て、AIは答えを出した。



【最適解:素直な気持ちを伝えること】



「……お前、最初からそれを言えよ」



 俺は苦笑しながら、PCを閉じた。



 しかし、AIのこの答えは、実は最も重要なヒントだったのかもしれない。



【Love Optimization System Ver.1.0 - 開発終了】



結論:恋愛は最適化できない。ただし、真心は伝わる。







 翌日、研究室で俺は新しいファイルを作成していた。



【恋愛アルゴリズム ver.2.1 - 人間中心設計】



基本方針:

1. AIやデータに頼らず、直接的なコミュニケーションを重視

2. 相手の反応より、自分の気持ちの伝達を優先

3. 失敗を恐れずに、素直な行動を取る



参考事例:

- 山田静香との自然な会話

- 歩美との「冷蔵庫研究」での和やかな雰囲気

- AIが示した最終回答「素直な気持ち」



「そうか……俺はずっと『完璧な方法』を探していたが、本当に必要なのは『誠実さ』だったんだ」



 その時、研究室のドアが開いた。



「おはようございます、田中先輩!」



 歩美の明るい声。今日は緊張しすぎずに、自然に答えることができた。



「あ、おはよう、歩美。今日も早いな」



「ええ、朝の方が集中できるので。昨日の冷蔵庫の研究、どうでしたか?」



 彼女は本当に俺の研究に興味を持ってくれている。



「まだまだ改良の余地があるよ。でも、新しい方向性が見えてきた」



「へぇ、どんな?」



「シンプルにすることかな。複雑にしすぎると、本質が見えなくなるから」



 歩美は頷いた。



「それって、研究だけじゃなくて、いろんなことに言えそうですね」



「……ああ、そうだな」



 俺は微笑んだ。AIなんて使わなくても、こうして自然に会話できている。



 これこそが、本当の「最適解」なのかもしれない。