恋のリハーサルは本番です

終幕が、確実に近づいていた。

舞台上の物語は、別れと選択を抱えたまま、
静かに最終章へと歩を進めている。

観客はまだ知らない。
この舞台の裏側で、
“嘘”を演じ続けてきた人間たちが、
限界に達していることを。


稽古場の隅。
あかりは、一人で台本を開いていた。

何度も読み返した、最終シーン。

(……この結末)

自分で書いたはずなのに、
今は、まるで他人の物語のようだった。

「別れ」を選ぶ台詞。
「想いを胸にしまう」結末。

──それが、正解だと思っていた。

脚本家として。
舞台として。

(でも……)

昨夜の蓮の言葉が、胸を締めつける。

気持ちからは、引かない。

あかりは、深く息を吸った。

(私は、書く側だからこそ)

(嘘を書いたまま、終われない)

ノートパソコンを開き、
カーソルを最終ページへ移動する。

震える指で、
一文を書き換えた。

「別れ」ではない。
「未完」のまま、舞台を降りる選択。

(答えは、舞台の外で)

それが、あかりの出した結論だった。



楽屋で、美咲は鏡の前に立っていた。

照明に照らされた自分の顔は、
驚くほど落ち着いている。

(……泣くと思ってたのに)

衣装の胸元に、そっと手を当てる。

幼なじみとしての時間。
ヒロインとしての時間。
そして──

(蓮を、好きだった時間)

全部が、静かに重なっている。

スタッフが声をかける。

「美咲さん、まもなくです」

美咲は、微笑んだ。

「はい」

その笑顔は、
もう“縋る人”のものではなかった。

(私は、選ばれなかった)

(でも──)

(選ばれなかった自分を、否定しない)

舞台に立つ覚悟が、
ようやく整った。



袖で、蓮は深く息を整えていた。

視線の先に、
舞台の明かり。

そして、その向こう側にいる──
あかり。

(逃げないって、決めた)

役者として。
一人の人間として。

今日の舞台は、
“何もなかった顔”で終われない。

(たとえ、結果がどうなっても)

翔が、横に立つ。

「顔、いいな」

蓮は苦笑する。

「……最悪ですよ」

「違う」

翔は、静かに言った。

「今が一番、人間だ」

その言葉に、
蓮は、ほんの少しだけ救われた。




舞台は、最終場面へ。

蓮と美咲が向き合う。

照明が落ち、
二人の影が重なる。

本来なら──
別れの台詞が来る。

だが。

美咲は、あかりが書き換えた台詞を、
はっきりと口にした。

「……答えは、ここにはない」

観客が、息を呑む。

蓮は、一拍置いてから、続ける。

「それでも、
 嘘のまま終わらせない」

二人の視線が、
客席の“外”を向く。

舞台は、そこで暗転した。



拍手が起こる。

それは、戸惑いと感動が混ざった、
少し遅れて始まる拍手だった。




舞台が終わり、
明かりが落ちたあと。

あかりは、客席で立ち尽くしていた。

(……書いてよかった)

蓮が、舞台袖から、
客席を見渡す。

二人の目が、確かに合った。

言葉はない。

でも──
もう、嘘はなかった。



三角形は、完全には崩れていない。

けれど、
もう「歪んだまま」では、いられない。