恋のリハーサルは本番です

舞台は、確実に終盤へ向かっていた。

物語の中でも、恋人たちは“選択”を迫られる。
愛を信じて進むのか、別れを受け入れるのか。

その問いは――
舞台の外の三人にも、同じ重さで突きつけられていた。




ヒロイン・美咲が演じる人物は、舞台中央に立っていた。

「……私ね、分かってるの」

静かな声。
しかし、客席全体を吸い込む力があった。

「あなたが見ている未来に、私はいない」

一瞬、空気が凍る。

「それでも……
 あなたの選択を、止めたくはない」

その台詞を口にしながら、美咲の胸は激しく波打っていた。

(これ……私の本音じゃない)

否、
本音だからこそ、役として言える。

視線の先にいる蓮を見る。

(……蓮、ちゃんと選んで)

“自分を”ではない。
“誰かを”でもない。

──逃げないで、という願い。

その覚悟が、舞台を震わせた。

客席から、息を呑む音が聞こえた。

演出家・佐藤は、客席後方で静かに頷く。

(……覚悟が乗った芝居だ)

これは代役ではない。
一人の役者が、人生を削って立っている舞台だった。



あかりは、台本を閉じたまま舞台を見つめていた。

(……美咲さん、すごい)

役として成立している。
けれど、それ以上に──

(あれ、決別の台詞だ)

自分が書いた言葉なのに、
今はまるで“美咲自身の宣言”に聞こえた。

胸の奥が、ざわつく。

(私……逃げてる)

脚本家だから。
現場の人間だから。

そんな言葉で、
“選ばれる可能性”から目を逸らしている。

その時──
隣の席に、静かに人が腰を下ろした。

「……集中してるね」

高峰翔だった。

「あ、翔さん……」

「邪魔だった?」

「いえ……」

翔は舞台に視線を向けたまま、低く言う。

「ヒロイン、覚悟決めた芝居してる」

「……はい」

「選ばれないって分かってても、立つ覚悟」

その言葉に、あかりの心臓が跳ねた。

翔は、ゆっくりとあかりを見る。

「センセ」

「……はい」

「君は、どうしたい?」



唐突な問いに、あかりは言葉を失う。

「……どう、とは」

「脚本家として、じゃない」

翔の声は穏やかだった。

「一人の女として」

あかりは、膝の上で手を握りしめる。

「……分かりません」

正直な答えだった。

翔は、小さく笑った。

「じゃあ、提案」

舞台を見つめながら続ける。

「この公演が終わるまで、
 桜井から一歩引いてみな」

あかりは、驚いて翔を見る。

「……え?」

「中途半端に近くにいると、
 あいつは“待つ”って選択を続ける」

「優しさのつもりでな」

鋭い言葉だった。

「でも、待つってのは、
 誰も選ばないってことだ」

あかりの胸に、痛みが走る。

「離れたときに、
 それでも追ってくるなら──」

翔は、静かに言った。

「それが答えだ」

それ以上は何も言わず、翔は立ち上がった。

「考えときな。
 脚本家は、結末を先延ばしにできるけど」

振り返り、少しだけ笑う。

「人生は、そうはいかない」



舞台を終え、袖に戻った蓮は、しばらく動けずにいた。

美咲の芝居が、胸に刺さっている。

(……覚悟)

選ばれなくても、立ち続ける覚悟。

それに比べて、自分は──

(俺は、待ってるだけだ)

あかりが決めてくれるのを。
舞台が終わるのを。

傷つかないために。

「……それって、本当に優しさか?」

自分に問いかける。

答えは、まだ出ない。

けれど──
美咲の背中と、あかりの横顔が、頭から離れなかった。

舞台は、もう後戻りできない位置まで進んでいる。

それは、恋も同じだった。



舞台の物語は、終幕へ向かう。

そして三人もまた、
“選ばないままではいられない場所”へと立たされていた。