恋のリハーサルは本番です

舞台は、静かな熱を帯びながら進んでいた。

物語は終盤へ向かい、観客の集中力も、役者の感情も、限界まで研ぎ澄まされている。



その裏側で──

三人の心も、同じように追い詰められていた。









蓮と美咲のクライマックスに近いシーン。



「……もし、別れが来たとしても」 「それでも、あなたを愛したことは嘘じゃない」



美咲の台詞は、震えながらも美しく響いた。



その瞬間、蓮は確信してしまう。



(……美咲、わかってる)



これは演技ではない。

幼なじみとして、長年隣にいたからこそ分かる。



(俺の視線の先が、誰なのか)



胸が締め付けられた。



それでも蓮は、役者として台詞を返す。



「……ありがとう。君と出会えて、よかった」



その言葉が、ひどく残酷に思えた。







暗転。



拍手が起こる前の、ほんの数秒。



美咲は深く頭を下げ、袖へ戻ると同時に、足を止めた。



「……蓮」



呼び止める声は、かすれていた。



「このあと……少し、話せる?」



蓮は一瞬迷い、静かに頷く。



「……うん」





人気のない廊下。



衣装のまま立ち止まった二人の間に、重い沈黙が落ちる。



「ねえ……蓮」



美咲が先に口を開いた。



「私、ずっと分かってた」



蓮は息を呑む。



「蓮の目が、誰を追ってるか」



「……」



「高校の頃からだよ。

 好きなものを見るとき、蓮……世界が変わる顔するんだもん」



美咲の声が震える。



「……それが、私じゃないってことも」



ぽろり、と涙が落ちた。



蓮は拳を握りしめる。



「美咲……ごめん」



「謝らないで」



美咲は首を振る。



「分かってたのに、代役なんて引き受けた私が悪いんだもん」



(でも──)



言葉にしなかった想いが、喉の奥で詰まる。



「……あかりさん、でしょ?」



その名前を出された瞬間、蓮の胸が大きく揺れた。



否定できなかった。



美咲は、それを見逃さなかった。







「……ねえ、蓮」



美咲は、最後に笑おうとした。



「私ね、ずっと蓮の一番でいたかった」



「幼なじみでも、ヒロインでもなくて……」



「“選ばれる人”で、いたかった」



涙が止まらない。



「でも、蓮の心は……もう、動いてる」



蓮は、深く頭を下げた。



「……ごめん」



その一言に、すべてが詰まっていた。



美咲は、涙を拭い、背筋を伸ばす。



「……ね。これで、ちゃんと終わりにしよ」



「舞台が終わるまで、私はプロとして立つ」



「だから……舞台が終わったら」



一瞬、言葉に詰まる。



「もう、幼なじみとして甘えたりしない」



その宣言は、静かで、強かった。









その頃、あかりは客席で台本を見つめていた。



胸の奥が、まだざわついている。



(さっき……蓮さん、こっちを見てた気がする)



けれど、確信は持てない。



自分が泣いていたことも、

美咲と蓮が話していることも──



何も知らないまま。



(私……何してるんだろ)



脚本家として来ているはずなのに。



心は、完全に舞台の外にあった。







舞台袖で、高峰翔が二人のやり取りを遠くから見ていた。



(……なるほど)



蓮の動揺。

美咲の涙。

あかりの不安定な様子。



すべて、翔の目にははっきり映っている。



翔は、あかりの方へ視線を向け、静かに呟いた。



「……本気になると、皆わかりやすいな」



その目は、穏やかだが、鋭かった。



「さて……次は、俺の番か」



舞台の明かりが再び灯る。



三角形は、もう元の形ではいられない。