午後、稽古場の照明が柔らかく灯る。
シーンは、舞台中盤のクライマックス。
主人公がヒロインに想いを伝える、重要なシーンの通し稽古だった。
「──ずっと、君のことが気になってた」
蓮が台本のセリフを口にする。
その声は、これまでよりもずっと自然で、感情がこもっていた。
稽古を見守っていた演出家の佐藤が、静かに頷く。
「いいね、そのまま続けて」
あかりは客席の端から見つめていた。
心臓が、なぜかさっきから落ち着かない。
彼の言葉が台本のセリフじゃなく、まるで“自分に”向けられている気がして。
──バカだな、私。これは演技だよ。
そう言い聞かせても、頬の熱は引かなかった。
蓮は続けた。
「君が笑うたびに、世界が変わって見えたんだ」
一瞬、視線があかりとぶつかる。
その瞳に映る光がまっすぐすぎて、あかりは思わず息を呑んだ。
「……っ、はい、ストップ!」
あかりは慌てて立ち上がり、シーンを止めた。
手にしていた台本を胸に抱え、早口で言う。
「今の、“好き”って気持ちが、ちょっと強すぎます。えっと……もう少し控えめに!」
「すみません、つい……」
蓮は頬をかいた。
耳の先がほんのり赤い。
「でも、すごく良かったですよ」
思わず本音が漏れる。
蓮が顔を上げる。
二人の距離、数メートル。
でも、そのわずかな空間が、今はとてつもなく近く感じた。
「桜井くん、もう一回だけやってみましょうか」
「はい!」
稽古が再開される。
蓮がヒロイン役の相手役・代役の女性と向かい合う。
けれど、次の瞬間、代役の子が台詞を飛ばして動きを間違えた。
「ごめんなさい!」
つまづいて倒れそうになった彼女を、蓮が思わず支える。
しかし、その勢いで二人がバランスを崩し──
どんっ。
倒れ込んだ先に、あかり。
まるでスローモーションのように、時間が止まった。
唇が、触れた。
ほんの一瞬。
でも確かに、柔らかく、温かく。
「……っ!」
二人は同時に離れた。
稽古場の空気が凍る。
代役の子も佐藤も、言葉を失っている。
「あ、あのっ、ち、違うんです!今のはその……!」
あかりが真っ赤になって立ち上がる。
蓮も慌てて頭を下げた。
「す、すみません!完全にアクシデントで!」
「……あ、ああ……まぁ、事故なら、いい。次、気をつけろ」
佐藤が頭を掻きながら笑いをこらえる。
稽古は一時中断となった。
控室。
沈黙。
あかりはソファに座り、手を膝の上でぎゅっと握っていた。
(落ち着け、落ち着け私……ただの事故。ただのアクシデント!)
でも、心臓の音がまるで演奏のドラムのように響く。
顔も耳も熱い。
頭では分かっているのに、身体が追いつかない。
ドアが開き、蓮が入ってきた。
手に紙コップのコーヒーを二つ。
「……どうぞ」
「ありがとう、ございます」
ぎこちない沈黙。
コーヒーの湯気が、ふたりの間でゆらめく。
「あの、さっきの……本当に、ごめんなさい」
「い、いえ……蓮さんのせいじゃないです」
「でも、びっくりしましたよね」
「……はい」
少しの間、目を逸らしながらも、ふと視線が重なった。
あかりは小さく笑った。
「なんだか、本当に恋愛ドラマみたいですね」
「……恋愛リサーチ、ですから」
蓮が照れくさそうに言う。
あかりは思わず吹き出した。
でもその笑顔の奥には、もう“台本に書かれていない感情”が芽生えていた。
──これは、演技じゃない。
私、本当にこの人が──。
胸の奥がきゅっと鳴った。
その瞬間、蓮も同じように心の中で呟いていた。
「もう、リハーサルじゃなくなってきたな……」
外の空は夕焼け色。
カーテン越しの光が、二人をオレンジ色に染めていた。
シーンは、舞台中盤のクライマックス。
主人公がヒロインに想いを伝える、重要なシーンの通し稽古だった。
「──ずっと、君のことが気になってた」
蓮が台本のセリフを口にする。
その声は、これまでよりもずっと自然で、感情がこもっていた。
稽古を見守っていた演出家の佐藤が、静かに頷く。
「いいね、そのまま続けて」
あかりは客席の端から見つめていた。
心臓が、なぜかさっきから落ち着かない。
彼の言葉が台本のセリフじゃなく、まるで“自分に”向けられている気がして。
──バカだな、私。これは演技だよ。
そう言い聞かせても、頬の熱は引かなかった。
蓮は続けた。
「君が笑うたびに、世界が変わって見えたんだ」
一瞬、視線があかりとぶつかる。
その瞳に映る光がまっすぐすぎて、あかりは思わず息を呑んだ。
「……っ、はい、ストップ!」
あかりは慌てて立ち上がり、シーンを止めた。
手にしていた台本を胸に抱え、早口で言う。
「今の、“好き”って気持ちが、ちょっと強すぎます。えっと……もう少し控えめに!」
「すみません、つい……」
蓮は頬をかいた。
耳の先がほんのり赤い。
「でも、すごく良かったですよ」
思わず本音が漏れる。
蓮が顔を上げる。
二人の距離、数メートル。
でも、そのわずかな空間が、今はとてつもなく近く感じた。
「桜井くん、もう一回だけやってみましょうか」
「はい!」
稽古が再開される。
蓮がヒロイン役の相手役・代役の女性と向かい合う。
けれど、次の瞬間、代役の子が台詞を飛ばして動きを間違えた。
「ごめんなさい!」
つまづいて倒れそうになった彼女を、蓮が思わず支える。
しかし、その勢いで二人がバランスを崩し──
どんっ。
倒れ込んだ先に、あかり。
まるでスローモーションのように、時間が止まった。
唇が、触れた。
ほんの一瞬。
でも確かに、柔らかく、温かく。
「……っ!」
二人は同時に離れた。
稽古場の空気が凍る。
代役の子も佐藤も、言葉を失っている。
「あ、あのっ、ち、違うんです!今のはその……!」
あかりが真っ赤になって立ち上がる。
蓮も慌てて頭を下げた。
「す、すみません!完全にアクシデントで!」
「……あ、ああ……まぁ、事故なら、いい。次、気をつけろ」
佐藤が頭を掻きながら笑いをこらえる。
稽古は一時中断となった。
控室。
沈黙。
あかりはソファに座り、手を膝の上でぎゅっと握っていた。
(落ち着け、落ち着け私……ただの事故。ただのアクシデント!)
でも、心臓の音がまるで演奏のドラムのように響く。
顔も耳も熱い。
頭では分かっているのに、身体が追いつかない。
ドアが開き、蓮が入ってきた。
手に紙コップのコーヒーを二つ。
「……どうぞ」
「ありがとう、ございます」
ぎこちない沈黙。
コーヒーの湯気が、ふたりの間でゆらめく。
「あの、さっきの……本当に、ごめんなさい」
「い、いえ……蓮さんのせいじゃないです」
「でも、びっくりしましたよね」
「……はい」
少しの間、目を逸らしながらも、ふと視線が重なった。
あかりは小さく笑った。
「なんだか、本当に恋愛ドラマみたいですね」
「……恋愛リサーチ、ですから」
蓮が照れくさそうに言う。
あかりは思わず吹き出した。
でもその笑顔の奥には、もう“台本に書かれていない感情”が芽生えていた。
──これは、演技じゃない。
私、本当にこの人が──。
胸の奥がきゅっと鳴った。
その瞬間、蓮も同じように心の中で呟いていた。
「もう、リハーサルじゃなくなってきたな……」
外の空は夕焼け色。
カーテン越しの光が、二人をオレンジ色に染めていた。



