恋のリハーサルは本番です

舞台は、物語の後半へ差し掛かっていた。



観客席は熱気を帯び、役者たちの呼吸さえ物語の一部として吸い込まれていく。



だが、舞台袖では──

まるで別のドラマが静かに進行していた。







◆ 客席後方──あかりの決壊



蓮と美咲の恋人同士のシーン。

舞台上のライトに照らされる二人は、完璧に“恋”をしていた。



本当は演技なのに。



本当は書いた台本の通りなのに。



──それでも。



(……綺麗。

 でも……胸が痛い)



あかりの視線が、蓮の表情に吸い寄せられる。



優しい目。

相手を大切にする動き。

一瞬の呼吸の合わせ方。



(全部、全部……蓮さんの素のままに見えてしまう)



作品として成功しているはずなのに、

脚本家として誇りに思うべきなのに──



目頭が熱くなった。



あかりは慌てて顔を伏せる。



(だめ……泣いたら……だめだよ……!)



だが、涙は止まらなかった。



「……あかり?」



後ろからそっと声をかけたのは、劇団責任者・神埼だった。



「っ……すみません。大丈夫です……!」



必死に涙を拭うあかりを、神埼は静かに見つめる。



「大丈夫な顔じゃない」



「……」



「理由、聞いてもいい?」



あかりは唇を噛んだ。



(“脚本家なのに”……)



そう思った瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。







舞台転換のため、蓮が袖に下がる。



汗を拭いながら息を整えたその時──

ふと目線の先で、あかりが顔を伏せて泣いているのが見えた。



(……あかりさん?)



胸が一気に冷たくなる。



蓮は思わず一歩踏み出した。



だが、そのあかりの横で、翔がそっと肩に手を置くのが見えた。



(……翔さんが、あかりさんに……?)



蓮の喉の奥がぎゅっと詰まる。



翔はあかりに何か小さく声をかけた。

あかりは驚いたように顔を上げ──

少しだけ、微笑んだ。



その微笑みを見た瞬間。



蓮の胸に、鋭い痛みが走る。



(なんで……こんなに苦しいんだ)









涙の跡を隠しながら、あかりは客席へ戻る。



だが心は揺れ続けていた。



(嫉妬……なんて、言えない)



自分が脚本家だから。

“恋のリハーサル”を取材しているだけだと言い張ったから。



なのに──

いまの涙は、どうしても仕事の涙じゃなかった。



(こんなの……仕事なんかじゃない)

(蓮さんが……好きだからだよ……)



胸の奥からあふれる本音。



やっと言葉になったその瞬間、あかりは手で口元を押さえた。



(言えない……

 だって私は……脚本家で……蓮さんは役者で……)



叶えてはいけない恋のように思えて。



涙がもう一度こぼれた。







◆ 舞台袖──蓮の焦燥



「……蓮。次のシーン、行くぞ」



演出家の佐藤が声をかける。



蓮は深呼吸をした。



(集中しろ。舞台のことだけ考えろ)



そう言い聞かせるのに、足は動かない。



頭の中に浮かぶのは、泣いていたあかりの姿。



(どうして……泣いていたんだ)



翔の手があかりの肩に触れていた意味。



あかりが翔に向けたあの微笑み。



(そんな……そんな顔……

 俺、見たことない)



胸が熱くなり、息が止まるような苦しさ。



その時──

佐藤の声が鋭く飛んだ。



「蓮! 行くぞ!」



蓮ははっとして舞台へ駆け出した。



だが心は、演技の世界に戻れないままだった。